COLUMN

私とビスボッチャ:北方謙三さん

『 味 は 幻 』

ME AND MY BISBOCCIA

Episode 4:Kenzo Kitakata

ワインカラーのジャケットを着てビスボッチャ店内で語る北方謙三さん

◆プロフィール

作家。1947年、佐賀・唐津生まれ。中央大卒。81年の単行本デビュー作『弔鐘はるかなり』でハードボイルドの騎手に。歴史小説『破軍の星』で柴田錬三郎賞、『水滸伝』で司馬遼太郎賞など文学賞多数。人生を指南するエッセイも人気。2000年から直木賞選考委員。

取材の合間著書にいただいたサイン

1.イタリアへの想い

◆いい加減さにあきれる

イタリア人は、0.01パーセントの天才と、99.99パーセントのいい加減な奴らだ。

ミラノのブティックで服を買い、ホテルに届けさせた。ディナーに着て行こうとしたら、すべてのボタンがついていなかった。有名ブランドで作ったスーツを着て歩くと、違和感を覚えた。よく見ると、ズボンの裾の内側に付ける補強布が踵側ではなく、前に付いていた。

とあるレストランで、テラス席なら喫煙できると言われ、タバコに火を点けた。ところが、隣の席の男から「タバコを消せ」と言われ、慌てて消した。しばらくすると、そいつがタバコを吸い始めた。思わず日本語で「自分さえ良ければいいのかよ!」と怒鳴ってしまった。国民性はイタリアの車そのもの。すぐ裏切る。

◆イタリア南部に見る原風景

イタリア北部のミラノや中部のフィレンツェは、ヨーロッパの大きな街と似た印象を受けます。イタリアの原風景を感じるのはローマ以南だと思います。その中でも、私のお気に入りの街はシチリア島のチェファルです。中世の庶民的な街並みが残り、料理もうまかった。

チェファルの波止場は映画『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989年)のロケに使われました。戦後間もない頃、冷房が普及していない夏の映画館は暑く、野外上映が行われていました。そんな野外上映を再現する背景に、チェファルの波止場は違和感なく収まっていました。そこで主人公の青年と彼女が夕立の中で抱き合う場面が印象的です。

1990年代の終わり頃、日本の映画祭で来日したフランスの女優ミレーヌ・ドモンジョと対談する機会がありました。1950〜60年代にアイドルとして人気のあった女優で、私も憧れていました。

ドモンジョとイタリアの話題になり「あなたはイタリアのどこが好きなの?」ときかれ、チェファルと答えると、突然抱きしめられてキスをされ「私の別荘もチェファルにあるの!」と言われました。

ドモンジョの夫で映画監督のマルク・シムノンも一緒に来日していました。マルクの父はジョルジュ・シムノンという作家で、メグレ警視シリーズの推理小説が有名でした。マルクとの会話もたいへん興味があり、映画祭の記録として、私たち3人は食事の場面などを動画に収めました。

マルクは帰国すると、事故で急死しました。ドモンジョから連絡があり、日本で私と一緒に撮影した動画をマルク最後の姿として公開したいと言われ「もちろん、お使いください」と答えました。

◆イタリアのデザインに惹かれて

ハードボイルドの小説を書くためには車の知識が必要と思い、34歳で普通免許を取得しました。最初に買った車はイタリアのマセラティでした。

イタリア人のデザイン感覚は素晴らしく、マセラティの造形美は魅力にあふれていました。走りはスピード好きのイタリア人らしく、加速すると飛行機が離陸する時のように、背中がシートに押し付けられ、すぐに欲しくなりました。

そんなマセラティに初心者マークを付けていたのです。車庫入れでずいぶん傷つけ、スピード違反で免停をくらったこともありました。イタリアの車はカッコいいけど故障も多かった。毎月どこか直していた。だからスペアにもう一台買った。結局、マセラティは30年間で十数台乗り継ぎました。

今から6年ほど前、65歳のときに運転をやめました。スピードを出している感覚が鈍り、動体視力も落ちてきたと感じたからです。車の事故は他人を巻き込む危険がある。場合によっては殺人とみなされる。65歳ならやめる意志とエネルギーがあると思い、あっさりやめました。

最後に乗っていた新旧2台のマセラティを業者が引き取りに来たとき、新しいマセラティはボンネットをボーンと叩いて「いいオーナーにかわいがってもらえよ」と声をかけて送り出した。25年ほど乗った古いマセラティは、娘たちも見に来て、タイヤに別れのワインをかけながら「この車でいろんな所に行ったよね」と語るうちに号泣しました。

男は突っ走るだけではなく、引き際も肝心です。でも、タバコはやめていない。どうせ死ぬし、他人に迷惑をかけずに吸えばいいでしょう。男の人生なんて煙のようなものです。女の人生は石。消えずにしっかり残っています。

ビスボッチャのバーカウンターでショットグラスをかたむける北方謙三さん

2.イタリア料理の魅力

◆料理の見せ方がすごい

イタリアのイタリア料理が全部うまいかというと、そうでもない。北の肉料理、南の魚料理、それでうまいと言われる店はうまい。しかし、イタリアにはほとんどイタリア料理屋しかない。日本のほうが食のバリエーションは豊富です。

でも、イタリアの料理の出し方はすごい。トリエステに行った時、予約したホテルの手違いで10㎞先にある老夫婦が切り盛りする木造ホテルに泊まることになりました。そのホテルから毎日トリエステの街まで出かけていました。ある日、ホテルの老婦人から「お客さま、今日も街でお食事ですか?ここでも食べてください。食堂があるので。いかがですか?」と勧められました。

泊まり心地も悪くなかったし「じゃあ、今晩行くよ」と言ったら「7時30分にいらしてください」と時間指定されました。で、仕方なくその日は早くホテルに帰り、シャワーを浴びてから襟のある服を着て食堂に行きました。

食堂で案内された席は壁の前でした。壁を見ながら食事をするのは退屈だと思っていると、主人のシェフが来てメニューの説明をしました。「注文もできないのか?まいったな。一食失敗したと思えばいいか」と思っていました。

食前酒を運んできた主人が「今から前菜をお出しします」と言って、目の前の壁を開けました。壁と思っていたのは窓でした。外のガラス窓は開けられていて、アドリア海に沈む真っ赤な夕陽が視界の真ん中に飛び込んできました。「うわ!きれいだな」と言った瞬間に、老婦人がサッと前菜の皿をテーブルに置きました。

後でよく考えると、そんなにうまい料理ではなかった。でも、料理は味だけではなく、出し方も美味しさのうちだと実感しました。イタリア人はその演出がうまい。

ビスボッチャのお気に入りの席で副料理長・露詰まみと語る北方謙三さん

3.私とビスボッチャ

◆散歩の途中で

ビスボッチャは25年前に開業した頃から通っています。それから間もなく、ビスボッチャから近い白金台のシェラトン都ホテル東京に毎月10日ほど滞在して、執筆するようになりました。私の自宅は神奈川県の武蔵小杉にあり、白金台を東京の基地にしました。

執筆の合間は散歩を楽しんでいます。ホテルから目黒駅に向かい、権之助坂にある名画座『目黒シネマ』で一本観て帰ってくる。ここは新旧の名作を独自の目線で発掘して、映画館の文化を愛する人たちの仕事を感じます。思わぬ作品との出会いが楽しみです。

気分をかえて、プラチナ通りや北里病院通りを歩くこともあります。坂道ばかりですが、私にとっては丁度いいトレーニングです。平地と同じスピードで歩くと心肺が鍛えられます。さて、晩飯はと考えたとき、ビスボッチャは散歩道の途中にあります。

◆女性に喜ばれる

ビスボッチャは店の造りがいい。ローマ郊外にあるリストランテという名のトラットリアというイメージです。店内のウエイティングバーで一杯やってから席に着くのが好きです。

女性は喜びます。ここの内装に。だから会話がはずむ。「なんか、ローマのレストランって、こんな風なの?」ときくから「いや、ちょっと違うよ。もうちょっとお洒落だよ。連れて行ってあげようか?」という具合に。

◆手仕事を広げて

私の執筆は、原稿用紙に万年筆を使った手書きです。スマフォやパソコンが使えないわけではありません。ワードをブラインドタッチで打つこともできます。パソコンができる前からずっと万年筆を使ってきたから、パソコンよりも早く書けるのです。

文明が発達して、ロボットがうまい料理を作ったとしても、私は食べたくない。味の背景に人間を感じないからです。何でも機械化される現代では、ビスボッチャのオープンキッチンのように、作る人が見える場が貴重な存在になります。

手書きも人間にしかできない行為です。線がかすれるのも味わいです。料理人も手書きの習慣を身につけると、お礼状を書くときなどに役立ちます。はじめから達筆にこだわらなくていい。とにかく書いてみることです。下手でも文字に見える書いた人の存在感が味になります。手書きの手紙をもらうと嬉しいものです。お店の印象がもっと良くなります。

◆ライブに行け!

今から16年ほど前、『ホッドドック・プレス』という雑誌で人生相談をやっていました。ピーク時に若者から届くハガキの数は毎号100通ほどになりました。童貞男子の初体験の悩みに「ソープに行け!」とアドバイスしたことが話題になりました。あれは、事前にプロの女性に教わっておくと困らないよ、という意味でした。

そのうち「ソープに行け!」が代名詞のように一人歩きしました。銀座で街ゆく人に声をかけられ、とっさに私の名前が出てこなかったのか「ソープの人ですよね」と言われたこともありました。でも、あの連載は楽しかった。若者は何考えているのだろう?とアンテナを立てられました。

連載が終わると、いろんなライブに行ってアンテナを立てています。先日は東京ドームでエグザイルのライブを観ました。だんだん興奮して、気がつくと絶叫していました。映画『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年)も初日に観に行きました。私にとっては、ビートルズやローリング・ストーンズよりもクイーンがオンタイムでした。

音楽や映画、小説などの創造物は、人間が生命を維持するためには必要ないものです。水とわずかな種類の食料があれば生きていけます。でも、さまざまな創造物は私に魂の感動をくれました。私自身も創造という行為で生きていることに幸福を感じます。

美食も創造物です。料理人はネットばかり見ないで、生の物事に触れ、魂の感動を見つけよう。でも、人間が一生のうちに行ける旅の数には限度があります。心の中に広がる無限の味を形にすることが、料理人の創造だと思います。

◆覚悟と責任

1968年、日本の学生運動はピークに達しました。当時大学生だった私はヘルメットにゲバ棒を持って連日デモに行き、新宿騒乱で機動隊と衝突して、前科は付かなかったけれど、収監されたこともあります。

当時のデモ仲間は就職して、社長クラスまで登りつめた人もいます。デモに参加しないで雀荘に入り浸り「デモに行った奴らは就職で困るぞ」と語った連中は、就職しても課長止まりが多かった。エネルギーの根本が違うのです。

しかし、みんなでやれば怖くないと言いながら、暴力で公共物を破壊した行為は評価できません。私も企業に就職できたと思いますが、自分の生き方に落とし前をつけようと決意。肉体労働のアルバイトで生活費を稼ぎながら小説を書き、作家を目指しました。

歴史のあるレストランを受け継ぐ料理人の生き方は、最初に金儲けありきではなく、食文化を担う覚悟と責任が必要だと思います。厨房の料理人の雰囲気を常に明るく保つことも不可欠です。その基本は真面目。不真面目ではうまい料理は作れません。

◆私も料理を作る

かつてイタリア文化にはまり、しばらくローマのレジデンスで暮らし、市場で食材を仕入れて自炊した時期があります。

今は三浦半島のマッカーサーが使った建物を別荘にして、じっくり時間をかけた料理を作っています。煮込み料理はサラダの残りの野菜を煮込んでベースのダシ汁にする。そこにルーを入れてカレーを作る。鍋を3つ使い、家内と娘、孫、それぞれの好みに応じた辛さで作り分けています。同じダシ汁を使って牛スネ肉のシチューやデミグラスソースも作ります。

別荘からクルーザーで海に出かけ、魚を釣るから魚料理も頻繁に作ります。ノドグロは刺身にするとやわらかすぎると思い、ウロコを取って開き、塩をふって一昼夜置く。すると、身がキュッとしまり、焼いて食べるとうまい。でも、ノドグロを釣って孫に見せたら「じいちゃん、かわいそうだ。スーパーで魚を買えないから、釣って食べているのだ」と言われました。

私も料理を作ります。趣味の料理ゆえに、たっぷり時間がかけられる。趣味は凝ることしかやりませんから。プロの料理人なら、うまい料理ができて当たり前です。レストランであれば、そこから突き抜けた、独自の創造から生まれる陶然とする味に期待したい。

◆味は幻

ある日、ローマで老夫婦が切り盛りするレストランにフラッと入りました。本日のおすすめパスタを注文して、出てきたブロッコリーのスパゲッティーを食べたら異次元にうまかった。ブロッコリーの原型がわずかに残るソースがスパゲッティーと絶妙に絡む。どこにでもある素材を、すごく美味しく感じさせる技に驚きました。

陶然とする味が忘れられず、旅行中にもう一度行って注文すると、老婦人から「今日は魚のパスタの日だからできません」と言われました。数年後、ローマを再訪すると、老夫婦のレストランは廃業していました。おそらく高齢から引退したのでしょう。

そこで、自分でブロッコリーのスパゲッティーを再現しようと試行錯誤したけれど、うまく作れませんでした。やがて「味は幻。完成したら面白くない」と考え、再現をあきらめました。最初にうまいと思った瞬間から妄想が広がり、芸術と同じく、追い求めても完成はないと感じたのです。

試しに、東京の行きつけのレストランでブロッコリーのスパゲッティーの作り方を尋ねました。すると、「忙しいから、できません」という店や、俺の方が上手いぞと思うスパゲッティーを出す店もありました。こちらが突然お願いしているので無理もありません。

そのとき、ビスボッチャの副料理長の露詰さんは課題を持ち帰り、後日レシピをくわしく教えてくれました。おそらく、自分で何度か作ってみたのでしょう。そのレシピで作るとうまかった。ローマの味の再現ではないけれど、露詰さんのスパゲティーとしてうまかった。何よりも、真面目に取り組んでくれた心がうれしかった。

え!まかないの時間?すっかり長居してしまったな。私の分もあるのか。そいつはありがたい。今日はスープパスタか。うまいな、このスープ。まかないが一番うまい。

取材の当日まかない食で出たスープパスタ

副料理長・露詰まみのコメント

いつもいろんな事を教えていただき、ありがとうございます。これからもお元気で、お料理をたくさん食べに来てください。味の勉強をしながら、お待ちしています。

 

インタビュー:2018年12月9日

監修:副料理長・露詰まみ 写真・文:ライター織田城司

休憩時間にバーカウンターで北方謙三さんのポーズを真似る副料理長・露詰まみ