第4回 BUCATINI ALL’AMATRICIANA
解説/料理長 井上裕基
写真・文/ライター織田城司
Commentary by Yuuki Inoue
Photo & Text by George Oda
メニューについて
今回はプリミ・ピアッティから「ノルチャ産塩漬け豚ほほ肉とトマトソースのブカティーニ」の味と技をご紹介します。
ノルチャ(Norcia)とは、イタリア中部ウンブリア州ペルージャ県の町の名で、畜産加工品の代表的な産地です。その中でも、グアンチャーレ(Guanciale)と呼ばれる豚ほほ肉の塩漬け熟成品は、生ハムやサラミと同じく、イタリア料理には欠かせない食材として古くから親しまれてきました。
ノルチャに近いアマトリーチェ(Amatrice)という山岳地帯の町では、牧畜民は放牧を行う際に、小さく刻んだグアンチャーレとパスタとチーズをお弁当用に携帯しました。草原の食事はまず火を焚き、パスタをゆで、小さく刻んだグアンチャーレを炒めてパスタにからめ、すりおろしたチーズをかけて食べました。
19世紀になると、アマトリーチェの牧畜生活は経済的に厳しい状況になり、職を求めてローマに移住する町民も増えました。こうしたアマトリーチェ出身者が作る素朴なパスタは、ローマ人が好むトマトを加えたことで、より一般的な味になりました。
やがて、このソースは「アマトリチャーナ(Amatriciana/アマトリーチェ風)」と呼ばれて広まりました。日本でいえば、山男の飯みたいな、野生のロマンを感じる響きがあるのです。
このアマトリチャーナのソースは、イタリア中部に多く見られるブカティーニ(Bucatini)という真ん中に穴があいた太いロングパスタにからめ、ハードチーズ「ペコリーノ・ロマーノ(Pecorino romano)」をすりおろしてかけるのが最も伝統的な食べ方です。当店も伝統の味で提供しています。
食材
グアンチャーレ(豚ほほ肉塩漬け熟成品)
グアンチャーレはノルチャの食品加工業大手、レンツィーニ(Renzini)社のものを使用しています。草原特有の爽やかな気候が熟成に適し、香りの高い加工品が特徴です。
ここのグアンチャーレは、豚のホホからノドにかけた部位から作られています。食塩、ニンニク、コショウなどで14日間味付けされ、その後30日かけて乾燥熟成されたものです。小さく刻んで炒めると、ベーコンよりも強い香りとコクのある脂が出てきて、味のポイントになります。
一緒に炒める玉ネギは、グアンチャーレの強い味を活かすため、日本の玉ネギよりもマイルドな味わいのイタリア・キオッジャ産を使います。
ブカティーニ
真ん中に穴があいたブカティーニは、イタリア語で穴を意味するブーコ(Buco)に由来します。しっかりした噛み応えのある太麺パスタで、ソースを表面だけでなく、中の穴からも味わえます。
当店のブカティーニは、イタリアのベネデット・カバリエリ社(Benedetto Cavalieri)のものを使用しています。同社は1918年、小麦の産地である南イタリア・プーリア州レッチェで創業しました。
ベネデット・カバリエリ社は伝統的な手作りの良さを工業生産に活かした物づくりに定評があります。パスタは約50時間かけて、ゆっくりと乾燥させています。このため、小麦の風味や旨味がしっかりと残っています。
パスタのタイプは、銅製のブロンズ・ダイスを使って絞り出したものを選んでいます。表面がザラザラとして、アマトリチャーナ・ソースとよく馴染みます。
U字型の長いパスタは、日本ではあまり見ないかもしれません。これは、パスタを竿から垂らして乾燥させる昔ながらの製法を量産でも踏襲したものです。
そのままゆでて食べるとパスタが長すぎるので、あらかじめ折り返し点の丸くカーブした部分を手で握って割り、半分の長さにしてからゆでます。
調理
ブカティーニを茹でる
パスタのゆで麺機に岩塩を入れるのは、パスタに下味をつけるためで、噛みしめた時の味わいを左右します。イタリア人はパスタの塩分が弱いことを「パスタアックアが弱い」と表現します。それほど、この時の塩加減は大切で、料理人の腕の見せどころになります。
パスタはゆで汁の塩分を吸収します。このため、パスタを何回かゆでると、ゆで汁の塩分が薄くなるので、岩塩を定期的に追加しています。
基本のトマトソースを作る
トマトは南米で生まれ、16世紀の大航海時代にスペインの艦隊がヨーロッパに持ち帰り、南イタリアで真っ赤な美味しいものが育つようになりました。19世紀になるとトマトを使ったソースは、イタリア料理を象徴する人気となり、20世紀に瓶詰めや缶詰が登場して現在に至ります。
トマトソースは、基本のトマトソースに具材や味のアレンジを加えて、パスタやピザ、肉、魚などの料理に使います。基本のトマトソースの作り方に定説はなく、地域やレストラン、家庭によって様々。味を比べるのも楽しいものです。
当店の基本のトマトソースは、イタリア「ラ・ドリア」ブランドのホールトマトと玉ネギを煮込んで作ります。いろんなメーカーのホールトマト缶を試しましたが、「ラ・ドリア」は缶ごとの味のバラツキが少ないことから使用しています。
日本は古くから刀を使う文化があり、全国各地で鍛治の技術が発達しました。明治維新で廃刀令が発令されてから、こうした鍛冶場は洋バサミや包丁の生産に力を入れるようになりました。今では、海外のシェフが憧れる優れた包丁が、全国にたくさんあります。
私がみじん切り用に使う包丁は、三重県の老舗打刃物メーカー「二見浦菊一文字」製のものです。これは、実用面もさることながら、私の故郷が三重県という、情緒的な要因からです。私の場合は、東京の調理場にいても、郷土の包丁を使うと、自然と心が落ち着くのです。
アマトリチャーナ・ソースを作る
太めのブカティーニは、少し重めのソースがよく合います。このため、基本のトマトソースにグアンチャーレを加えて、アマトリチャーナ・ソースを作ってからめます。
調理の決め手は「ラ・ゴーラ(La Gola)」。イタリア語で「のど」という意味です。パスタを食べた時に、のどごしで熱さを感じることがポイントになります。このため、一連のプロセスは強い火力で素早く仕上げます。ここでの赤唐辛子の量は、アラビアータのように汗をかくような激辛にするのではなく、のどごしの熱さに効かせる程度にとどめます。
パスタ料理で重要なのは、パスタとソースとの一体感。そのために、ブカティーニにからめるアマトリチャーナ・ソースは、トマトの粒子の大きさに気を配ります。
基本のトマトソースはホールトマトが大きく残っていて、そのまますぐには使えません。そうかといって、電動のミキサーを使うと、粒子が細かくなりすぎてしまいます。このため、手動のムーランを使って、トマトの粒が程よく残るように裏ごしして使います。
ソースとパスタをからめる
ブカティーニは穴の中までソースが馴染んでいることが理想です。このため、フライパンの火力で水分を飛ばし、パルメザン・チーズを加えてソースの味と粘性を整えながら、パスタにしっかりとソースを馴染ませていきます。
ペコリーノ・ロマーノで仕上げる
アマトリチャーナ・ソースのブカティーニは、すりおろしたペコリーノ・ロマーノをかけていただくのが伝統的な食べ方です。当店ではイタリアのペコリーノ・ボニー社のものを使用しています。
ペコリーノ・ロマーノは、羊のミルクから作られるチーズです。イタリア最古のチーズで、2000年前のローマ帝国の時代から食べられていたといわれています。特にロマーノが付くローマ産のものは、長期保存を目的とした塩分が多いタイプです。
ペコリーノ・ロマーノはパルメザン・チーズよりも風味や塩気が強く、迫力あるアマトリチャーナ・ソースのブカティーニとよく合います。
お召し上がり
出来上がったブカティーニはアマトリーチェの山岳地帯を想わせる野太い味わいがあります。ペコリーノ・ロマーノの華やかな香りのカウンターパンチ、グアンチャーレの強いコクと旨味、パスタの豊かな小麦風味が次々と現れ、食べ進むうちに、ソースのトマトと玉ネギに馴染んだダシが効いてきます。
ブカティーニをお召し上がりになる時は、上品にかしこまらず、豪快に大口で食らいつくのがイタリア流です。噛み応え十分で、いかにもパスタを食べたという充実感に溢れます。
お飲物
おすすめのワイン
銘柄/ペルカルロ
ワイナリー/サン・ジュスト・ア・レンテンナーノ
生産地/イタリア・トスカーナ州・キャンティ・クラシコ地区
ぶどう種/サンジョベーゼ
生産年/2010年
イタリア有数のワイン産地、キャンティの中でも、レンテンナーノが作るサンジョベーゼ種のぶどうは、独特の気候風土から、通常よりも小さな房で、凝縮した味わいがあります。このぶどうで作られた赤ワイン「ペルカルロ」はサンジョベーゼ種のぶどうを使ったワインの中でも、最高峰とされています。
重さや辛さをやや控えた、まろやかで芳醇な味わいはクセがなく、アマトリチャーナ・ソースのコクとパスタの小麦風味を引き立てます。
いつもご利用いただき、誠にありがとうございます。
今宵もラ・ビスボッチャのディナーで、楽しいひと時をお過ごしください。