第7回 SALSICCIA CASARECCIA
解説/料理長 井上裕基
写真・文/ライター織田城司
Commentary by Yuuki Inoue
Photo & Text by George Oda
メニューについて
今回は、セコンディ・ピアッティから「自家製ソーセージの炭火焼き」の味と技を紹介します。
日本の食卓にソーセージが普及したのは、戦後間もない1950年代からです。まだ、街角には焼け跡が残り、物資は乏しく、復興とともに食肉加工が急速に発達した時代です。
そのひとつとしてソーセージが広まり、魚肉を使ったものもありました。それでも、当時の子供たちにとってはご馳走で、お弁当の惣菜としても人気がありました。
そんな子供たちが大人になり、旅行や出張でヨーロッパを訪ね、本場のソーセージを味わうと、奥深い美味しさと種類の多さに驚き、忘れがたい印象として残りました。
ヨーロッパの人々がソーセージを食べ始めた起源は、はるか古代までさかのぼります。ギリシャ神話の中に兵士が腸詰を持ち歩く表現があることから、少なくとも数千年前からあったといわれています。
貴重なタンパク源を大切に活用するため、古くから食肉加工の技術が発達していたのです。やがて、農民が厳しい冬を越すための食糧として、長い歳月をかけて工夫を重ねるうちに現在のような魅力的な食べ物になり、地域特有の味も発達しました。
イタリアでも古代ローマ時代から食肉加工が盛んになり、今では国を代表する特産物として、国際空港の免税コーナーでワインやチーズとともに、ハムやソーセージが大きな売り場を占めています。
当店の自家製ソーセージは、イタリアで数あるソーセージの中でも、サルシッチャ(Salsiccia)と呼ばれる生ソーセージになります。その中でも、トスカーナ地方の伝統的な調理法を再現して、新鮮なソーセージを豪快な炭火焼きで提供しています。
食材
豚肉
ソーセージの中身は挽肉と調味料の組み合わせで作られます。同じイタリアでも、地域ごとに特色があります。
まず、肉の挽き方は北部は細かく、南部は粗めの分布が見られます。特に南部は挽肉機を使わず、包丁で肉をたたいた特大の粗挽きも見られますが、中部のトスカーナ地方は挽肉機を使ったやや大きめの粗挽きがポピュラーです。その質感を自家製のイメージにしています。
自家製ソーセージに使う定番の挽肉は豚肉100パーセントです。トスカーナ地方は豚肉が豊富にとれることと、豚肉の淡白な味は加工によって旨味が活きることが背景です。
豚肉の部位は旨味や歯ごたえを意識して赤身の多い部位を選び、肩・腕肉、モモ肉、バラ肉の3種をブレンドしています。いずれも大きな塊のまま仕入れ、さばいて使います。
豚の肩・腕肉は運動量が多い部分のため、筋肉質で脂肪は少なく、キメはやや粗く、肉質はややかため。しっかりした旨味があり、煮込み料理に向いてシチューやカレー、豚汁などに使われます。
豚のモモ肉は運動量の多い部分のため、筋肉質で脂肪分は少なく、キメは細かく、肉質はやわらかい。さっぱりした味わいで、主にボンレスハムや生ハム、焼き豚などに使われます。
豚のバラ肉は、アバラ骨周辺のお腹側の部分で、赤身と脂肪が3層になっていることから3枚肉とも呼ばれます。骨付きのものはスペアリブとも呼ばれます。キメは細かく肉質はやわらかい。風味とコクに優れ、主にベーコンやバーベキュー、角煮などに使われます。
調味料
甘い香りと苦味が特徴のスパイス「フェンネル」は地中海沿岸の地域で古代文明の時代から使用されていました。日本には中国経由で平安時代に伝来して「茴香(ウイキョウ)」の名で呼ばれています。
ヨーロッパでは、大航海時代にアジアからペッパーが伝来するまで、フェンネルが肉に合わせる香辛料の主力として使われていました。トスカーナ地方のソーセージにフェンネルとペッパー両方使われていることは、過渡期のレシピを思わせます。やがて、他の地域がペッパー使いに切り替わる中、フェンネル使いはトスカーナ地方特有の味と香りとして知られるようになりました。
当店では1993年の開業当時、フェンネルはパウダーを使っていました。のちに、香りが強すぎることからシードに変え、ソーセージを噛むと時々フェンネルの香りが感じるようにしています。
当店では、焼きあがったソーセージにオリーブオイルを少量かけ、軽く香りをつけて仕上げています。オリーブは紀元前3500年ぐらいから地中海沿岸で栽培が始まったといわれています。日当たりが良い環境でよく育ち、イタリア南部が主な産地として知られています。
その中のシチリアでは、マフィアがオリーブオイルの缶に別な物を忍ばせて密輸に使ったといわれています。映画『ゴッドファーザーPART II』(1974年作)ではロバート・デニーロ演じる若き日のボスが、シチリアのボスにアメリカとオリーブオイルの貿易を始めたことを報告するため、部下にオリーブオイルの缶を持たせて挨拶に行く場面があります。
当店が使用しているオリーブオイルはイタリア南部でもプーリア州にある「ディサンティ(Disanti)」社のエキストラヴァージンオイルを使用しています。青々しいオリーブの香りと軽い辛味が特徴です。
調理
1.肉を挽く
挽肉は電動ミンサーを使って作ります。料理店ゆえ大量に仕込むからです。ミンサーは開業当時の1993年から使い続けている日本のボニー社製のものです。
ミンサーに入れた肉は螺旋型シャフトの回転によって送り出され、先端の手裏剣状カッターの回転で刻まれ、蜂の巣状に開いた口から出てくる仕組みです。この機械に肉を入れるため、まず肉の骨や筋を取り除き、棒状にカットします。
2.挽肉を混ぜる
調味料の分量を計算するため、挽肉総量の重さを計ります。この日は9Kgありました。あらかじめ用意してある挽肉1Kgあたりの調味料比を9Kgで換算して、フェンネルシードとブラックペッパー、塩、ニンニクを必要分用意して挽肉に混ぜます。
挽肉にニンニクを加えることも、フェンネル同様にトスカーナ地方らしい調理法の特徴です。当店のニンニクは香りが高く、さっぱりした味わいのスペイン産を使用しています。実のカケラの皮が紫色のことから紫ニンニクとも呼ばれています。
挽肉と調味料を混ぜる作業は、肉の粗挽き感を残すために機械を使わず、素手で行います。ちなみに、この日の仕込みで身につけていたエプロンはイタリアの自転車メーカー「チネリ(Cinelli)」社の公式グッズです。
1960年頃、イタリア旅行に行ったプロレスラー力道山はチネリ社の頑丈な自転車に惚れ込んで持ち帰り、これが日本への輸入第1号になった伝説があります。そんなチネリ社のスポーツ用品を極める姿勢は食文化に通じるものがあり、参考にしています。
3.腸に詰める
ソーセージに使う腸は粗挽き挽肉のダイナミックな噛み応えを実現するため豚の小腸を使います。直径が35㎜ほどある極太で、全長約4〜5メートルあるものをカットしながら使います。腸詰めの作業も、肉の粗挽き感を残すために機械を使わず、素手でおこないます。
出来上がったソーセージは、味を落ち着かせるために冷蔵庫の中で24時間保存します。表面が水で濡れていると痛み易くなるので、冷蔵庫の中でも風通し良い通気口の近くに置いて表面を乾かしながら保存します。長期保存用レシピではなく、生ソーセージなので2、3日のうちに調理するペースで仕込んでいます。
4.炭火で焼く
ソーセージの焼き方は、内部の肉や肉汁、脂肪の豊潤なミックス感を最大限に活かすため、炭火の赤外線効果を使います。遠火で10分ほどかけて両面をじっくり焼き上げます。
ソーセージは焼いているうちに、もともと腸の表面に開いている小さな穴から肉汁や脂が染み出してきます。これが表面をカラッと焼きあげ、炭に滴り落ちて出てくる煙が燻製効果となって香りをつけます。
焼きすぎると肉汁や脂が落ちすぎて、ソーセージの中身がスカスカになり、旨味が半減するので、程よく張りがある状態のうちに焼き上がりを見極めます。断面の中心が、ほんのり薄いピンク色の状態で焼き上げるのが理想です。
お召し上がり
出来上がったソーセージは、大きな肉の塊といった印象で、存在感があります。オリーブオイルとフェンネルシードの爽やかな香りが、肉の焼けた香りを引き立て、食欲をそそります。
ソーセージをナイフとフォークで切ると、がっちりした硬さと強い弾力を感じます。口に含むと、挽肉の大きな粒がボロボロ崩れ、噛みしめると、しっかりした歯ごたえがあり、肉汁と脂が染み出してきます。
濃厚な風味と食感がありながら、味わいは旨味と甘味が中心で、生ソーセージならではのさっぱりした後味です。時折のぞくフェンネルシードの爽やかな香りが鼻に抜け、ほろ苦さとともに食欲を進めるアクセントになっています。
自家製ソーセージの食材と調理法は、ほとんど古代文明の時代からあるものばかり。食べる本能を呼び覚まし、人類に長く愛されてきたものの調和をお楽しみ下さい。
お飲物
銘柄/キャンティ・クラシコ・イゾレ・エ・オレーナ
ワイナリー/イゾレ・エ・オレーナ
生産地/イタリア・トスカーナ州キャンティ・クラシコ地区
ぶどう種/サンジョベーゼ80%カナイオーロ他20%
生産年/2014年
1950年代にキャンティ地区で創業した老舗ワイナリーながら、味の追求から近代的な製法を積極的に取り入れることで生まれたワイン。キャンティ地区特有の重めの辛口を、なめらかな口当たりで仕上げています。
レッドチェリーやミントを想わせる香りが、ソーセージのスパイスに使われているフェンネルシードやオリーブオイルの香りとともに、炭火で豊潤になった肉汁の旨味を引き立てます。
いつもご利用頂き、誠にありがとうございます。
今宵も、ラ・ビスボッチャのディナーで、楽しいひとときをお過ごしください。