第12回 PAPPARDELLE CON SCAMPI
解説/料理長 井上裕基
写真・文/ライター織田城司
Commentary by Yuuki Inoue
Photo & Text by George Oda
メニューについて
重ねて豪快に食べる
今回はプリミ・ピアッティから「パッパルデッレの手長海老ソース」の味と技をご紹介します。
パッパルデッレは平麺パスタの一種で、幅は3センチ前後と、最も幅広なロングパスタになります。イタリア語で「豪快に食べる」や「食いしん坊」を意味するパッパーレ(Pappare)が語源になります。
イタリアでは薄くて柔らかい食材を重ねて食べる習慣があります。たとえば、サンドウィッチは、薄いハムを幾重にも重ね、溢れるほど厚くしたものが多く見られます。
かぶりつくと、薄くて柔らかいハムが次々と歯にあたって切れる食感は、いかにも噛んでる醍醐味にあふれ、味は口一杯に広がりながら、元が薄いだけに噛む負担は軽く、スムーズに食べられます。
こうした薄物を重ねて食べる楽しみをパスタで実現するのがパッパルデッレです。リボン状のパスタをフォークで丸めて重ね、ガブリとかじりつきます。
いかにも食を楽しむイタリア人らしい発想です。当店では、そんなパッパルデッレのしなやかでコシがある食感と、豊かな風味にこだわり、自家製生パスタで提供しています。
田舎生まれ都会育ち
こちらのメニューは、1993年開業時の初代シェフ、イタリア人のフランチェスコ・カンツォニェーレさんから伝授されたものです。
その決め手はトマトクリームソース。フランコさんがローマのレストランで修行中に学んだ都会の味です。
パッパルデッレは本来、イタリア中部トスカーナ地方発祥のパスタです。豪快な食感を濃厚なミートソースとともに楽しむのが定番的な料理法です。
こうした素朴な味からパスタのみを抽出して、手長海老やクリーム、多種のかくし味で洗練されたソースを合わせ、都会風に仕立て直したものが当店の味です。パスタの豪快な食感を、まろやかで繊細なソースでいただく妙をお楽しみ下さい。
調理法
1.パッパルデッレを作る
パスタ生地は材料を定量で混ぜても、卵の質や気温、湿度によって仕上がりに差が出ます。このため、混ぜる途中、素手で質感を確認しながら材料に微調整を加えています。この日はややドライに感じ、卵黄を1個追加しました。
長年パッパルデッレを作っているので、カットしたひと束は目分量や手加減だけでも、当店が1単位の目安にしている40グラムにピッタリおさまります。プロとして自慢することではありませんが、技術指導で来店したイタリア人シェフに褒められたことは嬉しかったです。
パッパルデッレをはじめとする自家製生パスタは、冷蔵庫で保存しても、自然と乾燥するうちに割れてきます。このため、新鮮なうちに使い切るように、少量をほぼ毎日作ることが仕込みの日課になります。
映画『二ツ星の料理人』(2015年)はロンドンの一流レストランの料理人を通して、挫折と再起を描く物語。映像に迫力を出すため、プロの料理人が監修に参加して、厨房の調理や仕込みがリアルに再現されています。
その中で、ブラッドリー・クーパー演じる料理長は昼間、厨房でシエナ・ミラー演じる女性副料理長に「料理とは何か言ってみろ」と問うと「人間関係や愛情をつなぐもの」と答えられ、「ちがう、それでは二つ星どまり。俺はテーブルに着く客が待ち焦がれる料理を作りたいんだ。それには君が必要だ」と語る場面があります。
この時、シエナ・ミラーは自家製生パスタを仕込んでいました。映画スタッフだけでは思いつかない、料理人の目線が生きた背景を使うことで、セリフの深みが増していました。
2.手長海老ソースを作る
ソースに使う手長海老はイタリア語ではスカンピ(Scampi)と呼ばれます。殻から香ばしくてコクのあるダシが取れ、肉質がやわらかく、甘味があってミソも多く、ヨーロッパのレストランでは、パスタやグリルなどのメニューで人気の食材です。
手長海老は深海に生息して、学術的な和名では赤座海老と呼ぶのが正式です。というのも、淡水に生息する別の種類の海老に手長海老という和名が使われているからです。とはいえ、一般的に料理店で手長海老といえば、誰もがスカンピのことを思い浮かべるので、暗黙のうちに手長海老の呼称を使っています。
3.パッパルデッレと手長海老ソースを和える
お召し上がり
出来上がったパッパルデッレの手長海老ソースを口に含むと、はじめに海老の香ばしくて豊かな風味を感じ、余韻に若いパルメザンチーズやオリーブオイルの青リンゴのような香り、イタリアンパセリの爽やかな香りを感じます。
マヨネーズのような一体感あるソースは海老のふくよかな甘みを前面に感じます。かくし味とダシがまざり合った、まろやかな旨味が後に続き、クリーミーな質感はパスタやパンになじみます。
こちらのメニューにはフォークとナイフをご用意していますが、ナイフは海老の身を殻から取って食べるためです。
パッパルデッレはナイフでカットせず、フォークで幾重にも丸めてかじりつき、重ねたパッパルデッレの層が次々と歯にあたりながら切れる食感、パスタの卵の豊かな風味、しみ出す甘いソースとの絡みを楽しむことをおすすめします。
重ねて豪快に食べることで美味しさが増すことを、重ねて強調します。
お飲物
銘柄/デッシミス・ピノグリージョ
ワイナリー/アジィエンダ・アグリコーラ・ヴィエ・ディ・ロマンス
生産地/イタリア北東部フリウリ・イソンツォ地区
ぶどう種/ピノグリージョ100%
生産年/2014年
スロヴェニア国境近くのイタリア最北東で、1世紀に渡り白ワイン中心に作り続けてきた名門ワイナリーの個性ある1本。ピノ系ブドウの黒と白の中間にあたる灰色(イタリア語でグリージョ)を使い、色は琥珀のような深みがあります。
桃やリンゴといったフルーツの香り、ふくよかな果実味、濃厚な舌触り、わずかにタンニンを感じる丸みある印象は、手長海老ソースの上品な甘さとよく合います。
いつもご利用いただき、誠にありがとうございます。
今宵も、ラ・ビスボッチャのディナーで、楽しいひとときをお過ごしください。