第31回 LINGUINE AL PESTO GENOVESE
バジルが香る、爽やかなグリーンのパスタは、港街ジェノバで生まれました。
今や、イタリア全土で親しまれるパスタになった味の魅力に迫ります。
解説/副料理長 露詰まみ
写真・文・エッセイ/ライター織田城司
Commentary by Mami Tsuyuzume
Photo・Text・Essay by George Oda
メニューについて
イタリア最大の港街ジェノバ。
古くから地中海貿易の要所として栄え、大航海時代には帆船が行き交い、街は貿易商や船乗りであふれ、エキゾチックなにぎわいを見せていました。
そんな荒くれ者たちが闊歩する街で、バジルや松の実、ジャガイモ、インゲンなど、野原でとれる素朴な野菜を使ったパスタが郷土料理になったことを意外に思います。
でも、港街ゆえに流れ者が多く、土着の庶民は質素なパスタを食べていたのかもしれません。
潮の香りの中で、魚料理ばかり食べていたので、爽やかな香りのパスタが新鮮に感じられたことも考えられます。
いずれにせよ、多くの人びとに愛され、親から子へ伝えられてきたパスタです。貴族が気取って食べる料理とちがい、シンプルで力強く、ソウルフードの魅力があります。
ソウルフードには、それなりに完成されたバランスと、味のポイントがあります。それを外さないように再現しています。
調理
ジェノバ風ペーストを作る
具材の下ごしらえ
リングイーネを茹でる
仕上げ
お召し上がり
◆大地の恵みを、たっぷり味わう
バジルの爽やかで青々しい芳香はペーストにしたことで落ち着いた印象になっています。この料理のバジルはアクセントではなく、ソースの主役なので、香りが控えめなぐらいが丁度よいと感じます。
フォークでリングイーネを持ち上げると、引き戻されるような強い感触に驚きます。ペーストの細かい粒子がソースにコッテリしたトロみを加えています。
フォークに力を入れ直すと、リングイーネの束がゆっくりと回りだし、ズルリとすり抜けた数本のリングイーネにソースがしっかり絡んできます。
リングイーネを口に含むと、甘味が口いっぱいに広がります。それぞれの野菜が持つ自然の甘味が混じり合い、まろやかで豊かな甘味になっています。後味に、すりつぶした松の実やニンニクから抽出された旨味とコクを感じます。
具材のジャガイモのさらなる甘味、インゲンの旨味、松の実の香ばしさが、味に深みを加えています。
リングイーネはモッチリした弾力と強いコシがあり、小麦の風味をダイナミックに感じます。ジェノバ風ペーストの素材感に不思議とよく馴染みます。
畑の作物だけでつくる、素朴でヘルシーな料理ながら、ペーストの調理法を生かして濃厚に仕上げることが、イタリアらしい味のポイントです。
エッセイ
食のこぼれ話『バジルのときめき』
第二次大戦直後、イタリアで職にあぶれた兄弟はアメリカに渡り、レストランを開きました。映画『リストランテの夜』(1997年作)のはじまりです。
兄のシェフはもうすぐ50歳。料理の才能はあるけれど、頑固で内気。商売はうまくいきません。そこで、弟のホールマネージャーが町の人びとを招くパーティーを企画しました。
パーティーの当日、兄は花屋に行って、店に飾る花の配達を依頼しました。兄は自分と同じ歳ぐらいの花屋の女性に、ひそかな恋心を抱いていました。
兄は勇気をふりしぼって女性をパーティーに誘おうと、「今夜、何かあるのかい?」と声をかけると、「新しい本を読み始めたの。家に帰って読むわ」と言われました。
兄は「ああ、そうか」と言って、それ以上会話が続かず、花屋を出てしまいました。
その夜、兄が厨房でパーティーの準備をしていると、友人が入ってきて「おい!花屋の女が来たぞ」と声をかけました。
兄は「なに!」と驚きました。弟が兄のことを思って誘っておいたのです。
すると、兄は調理台の上に置いてあったバジルの葉を口に含んで、噛みしめました。
かつてイタリアでは、デートやダンスパーティーの前に、バジルの葉をかじって口臭を整える習慣がありました。
兄がホールに出て行くと、ドレスアップした花屋の女性は、裏口から花を納品する姿とは別人のように輝いていました。
もはや、人生の折り返し地点をとっくに過ぎてしまった男と女。でも、いくつになっても、ときめきはあります。その喜びを、バジルの葉を使って、見事に描きました。
いつもご利用いだだき、誠にありがとうございます。
今宵も、ラ ・ビスボッチャのディナーで、楽しいひとときをお過ごしください。