第5回 MERINGATA
解説/副料理長 露詰まみ
写真・文/ライター織田城司
Commentary by Mami Tsuyuzume
Photo & Text by George Oda
メニューについて
今回はドルチェの中から、「メリンガータ」の味と技を解説します。
イタリア人は甘いものが大好きです。バールのカウンターで、スーツを着た紳士がエスプレッソを飲み干した後、カップの底に残った砂糖をスプーンですくって舐める姿も珍しくありません。思いっきり甘さを謳歌する文化があり、ケーキの甘さもダイエットや微糖はどこ吹く風で、強い甘さを感じるものばかりです。
そんなイタリアのケーキの中でも「メリンガータ(Meringata)」は、英語で「メレンゲ(Meringue )」を使ったケーキの意味です。当店では、本場のメリンガータを再現するため、イタリアの老舗レストラン「ハリーズ・バー」のベネチア本店のパティシエを招き、お教えいただいたレシピで提供しています。
「ハリーズ・バー」はお料理の味と創意工夫で、イタリアを訪れる世界のセレブを魅了してきました。エリザベス女王やヘミングウエイが訪れたベネチア本店の伝説は有名ですが、映画ファンならローマ店も見逃せません。
「ハリーズ・バー」ローマ店のあるヴェネト通りは高級ホテルが建ち並ぶことから、近隣に高級レストランやナイトクラブが栄えました。1950年代になると、アメリカの映画スターがプロモーションで訪れるようになり、トレンドスポットとして注目され、地元イタリアの芸能記者やカメラマンがこぞって押し寄せました。
当時、ヴェネト通りのにぎわいをリアルタイムで体感していたイタリアの若き映画監督フェデリコ・フェリーニは、セレブや芸能記者の享楽的な生き方を映画化しようと考え、マルチェロ・マストロヤンニを主役に制作したのが『甘い生活』(1960年作)です。
この映画は、斬新な感覚と卓越した芸術性で世界的な評価を得て、カンヌ映画祭でグランプリを受賞。フェリーニ監督とマルチェロを代表する作品になりました。マルチェロはヴェネト通りのブームが去った後も、終生「ハリーズ・バー」ローマ店に通いました。そんな、「ハリーズ・バー」直伝の、甘いケーキをお楽しみください。
食材
卵
牛乳
イタリアのケーキはお料理と同じく、素材の味を生かしてシンプルに作るものが多く見られます。素材の味が出来上がりを左右するため、卵や牛乳などの基本素材は味や風味の濃いものを選んでいます。
イタリア語で卵黄のことを「ウォーバ・ロッサ(Uova rossa)」と言います。直訳すると赤い卵という意味。イタリアの卵は黄味がしっかりして色が濃く、深みのある味わいとコクが特徴です。日本でその卵に近いもの探して、神奈川県で古くから養鶏が盛んな地域「たまご街道」にある「コトブキ園」の「長寿卵」を選んでいます。牛乳は高知県の吉本乳業の「吉本牛乳」を使用しています。牛乳本来の味と風味が濃いのが特徴です。
香りをつける材料
甘味を引き立てる香りは、バニラを基本に、レモンやオレンジなど、柑橘系の香りを加えます。バニラは主要産地マダガスカルのものを使用。オレンジの香りは、オレンジを原料にしたフランスのオレンジリキュール「コアントロー(Cointreau)」をスポンジに染みさせて使います。
調理
1.スポンジを作る
イタリア語でスポンジ・ケーキのことを「パン・ディ・スパーニャ(Pan di spagna)」と言います。今回の解説では、流れを読みやすくするために、スポンジと略して表記させていただきます。
イタリアのケーキのスポンジは、濃厚なクリームとの馴染みや、染み込ませる液の吸放出性を意識して、海綿のように気孔が大きく、粗めのふわふわ感で仕上げることが肝心になります。このため、スポンジの生地を作る過程では、空気の含ませ方がポイントになります。焼きあがったスポンジは、他のケーキと共通で使えるので、多めに作ります。
2.カスタードクリームを作る
カスタードクリームはイタリア語で「クレーマ・パスティッチェッラ(Crema Pasticciera)」と言います。直訳すると「お菓子屋さんのクリーム」という意味で、お料理の基本ソースのように、基本のクリームとして作り込み、アレンジを加えながらバリエーション展開します。
今回の解説では、読みやすくするためにカスタードクリームと表記させていただきます。フランスではカスタードクリームを柔らかい状態で使用することが多く、加熱して沸騰したらすぐ火を止めますが、イタリアではしっかりした濃い状態で使用することが多いため、沸騰してもしばらく加熱を続けて仕上げます。
3.メレンゲを作る
メレンゲは、17世紀頃よりヨーロッパで生まれ、お菓子に使われるようになった素材です。国によって作り方が異なり、フランスでは卵白に砂糖を加えただけですが、イタリアはバニラシロップや果汁加えて、香りを付けるのが特徴です。
今回の解説では、読みやすくするためにメレンゲと表記させていただきます。装飾性と存在感ある舌触りのために、しっかりした粘性で仕上げることがポイントです。このため、卵白は卵を割ってからすぐに使わず、1日寝かせてから使います。
4.材料を重ねる
5.表を飾る
お召し上がり
出来上がったメリンガータは、レモンやオレンジの風味が食欲を促進しながら濃厚なクリームを爽やかな印象にしています。スポンジは大きめの気孔の効果でオレンジリキュールがたっぷり染みて汁気が多く、クリームとよく馴染み、見た目のボリューム感よりも軽めの食感があります。
甘味はメレンゲ、カスタードクリーム、スポンジでそれぞれ異なり、お口の中でその違いと調和をお楽しみ下さい。しっかりした甘味とコクに、セレブを魅了した「ハリーズ・バー」の粋が感じられます。
お飲物
おすすめのワイン
銘柄/カステッロ・ディ・ブローリオ
ワイナリー/バローネ・リカーゾリ
生産地/イタリア・トスカーナ州・キャンティ・クラシコ地区
ぶどう種/マルヴァージア、サンジョベーゼ
生産年/2009年
メリンガータにおすすめの飲み物はトスカーナ地方の代表的な食後酒ヴィンサントです。甘口の白ワインで、ビスコッティを浸して食べながら飲むことでも知られたお酒です。色は琥珀色で、香りは柑橘類やバニラを思わせる香りに樽の香りが加わり、濃い口あたりには上品な甘さと酸味があります。
こうしたヴィンサントの味わいはメリンガータの香りや味と共通点が多く、同調するハーモニーを楽しむ合わせ方です。時にはイタリア式に、思いっきり甘味を楽しむのも良いものです。
いつもご利用いただき、誠にありがとうございます。
今宵もラ・ビスボッチャのディナーで、楽しいひと時をお過ごしください。