第6回 CALAMARI FRITTI
解説/料理長 井上裕基
写真・文/ライター織田城司
Commentary by Yuuki Inoue
Photo & Text by George Oda
メニューについて
ヤリイカのフライ(部分)
今回は、アンティパスティの中から「ヤリイカのフライ」の味と技を紹介します。
ヤリイカは世界の海に広く分布します。古代文明が栄えた地中海沿岸でも古くから食材として親しまれてきました。特に火を通した時の香ばしさと豊かな味わいは万国共通の人気です。
イタリアでは近代以降、鉄道や自動車の発達、冷蔵庫の普及などで、魚貝類の料理は沿岸のみならず山間部でも食べられるようになりました。このため、ヤリイカのフライはトスカーナ地方を含むイタリア全土で親しまれている定番的なメニューです。当店でも1993年の開業当時から続けている人気のメニューです。
ヤリイカのフライ
手早くできることから、来店されたお客様の中には、注文するメニューのコースを組み立てる前に「とりあえず、ヤリイカのフライを先に持ってきてください」と言われる方もいます。
イタリア語でフライのことはFRITTIやFRITTOなどの単語で表しますが、いずれも、素揚げを含む揚げ物総称の意味になります。イタリアで多く見られるヤリイカのフライの揚げ方は、ヤリイカに小麦粉をまぶして揚げた、いわばから揚げ。下味はつけないで、揚げたてに塩をふるのがイタリア流です。当店では衣にこだわり、イタリア流にビスボッチャ独自のアレンジを加えた揚げ方で提供しています。
食材
ヤリイカ
イカの種類の中でも、ヤリイカが大きさや味の点でフライに適すると思って使用しています。新鮮さが大切なので、日本の漁場のものを使いますが、産地を限定しないで、その季節に手に入るもので作ります。
小麦粉(薄力粉)
小麦粉はフライの衣を白っぽく、カリッとした食感で仕上げるために、国産の薄力粉を使用します。
塩
塩はフライを口に含んだ時、まろやかな塩味と豊かな旨味が広がるように、イタリア・シチリア州ソ・サルト社製の天日乾燥による自然海塩ブランド「エガディ」の細粒を使用しています。
調理
1.ヤリイカの下処理
ヤリイカの下処理をする料理長・井上裕基
ヤリイカの下処理は、一般的な手順と変わりありません。捨ててしまうことが多い内臓のうち、スミ袋と肝臓は別の料理に使用するために、より分けて保存しています。
フライに使うヤリイカの部位。左から胴、ろうと、足。ろうとは呼吸のため胴の中に取り込んだ海水を吐き出す口で、推進力を得たり、外敵の目をくらますスミを吐いたりします。
1)胴から足を引っ張りながら内臓を取り出す。
2)胴から軟骨を取り出す
3)胴の皮をむく
4)足と内臓を切り離す。足の真ん中にある「クチバシ」と呼ばれる口を取り除く。
内臓の中のスミ袋は、パスタなど、他の料理の材料に使うので保存。
内臓の中の肝臓も魚料理の出汁に入れるので保存。
5)胴を輪切りにする。ひと口で程よく食べられる、15ミリ幅が目安。
6)計量器の上にキッチンペーパーを敷き、ヤリイカ1人前の目安にしている120gを計る。
2.揚げる
1)薄力粉をフルイに移す
揚げ方は衣のカリッとした食感を実現するため、独自の手間をかけています。氷水への2度漬けや、油切りの3段構えなどです。
2)薄力粉をフルイにかけ、ダマを解消して、空気を含ませながら、大きなバットに移す。
3)計量器の上のキッチンペーパーでヤリイカをくるむ。
4)キッチンペーパーでくるんだヤリイカを氷水に漬す。
氷水の低温でヤリイカの身を引き締めることで、旨味を凝縮させ、歯ごたえに弾力を増します。また、ヤリイカを揚げた時に、温度が急上昇して破裂することを防ぎます。
5)氷水から引き上げたヤリイカをバットの薄力粉の上に移す。
6)ヤリイカに薄力粉をまぶす。
7)薄力粉は最初軽くまぶして、イカリングの内側まで薄力粉が行き渡るようにする。次にしっかり握って粉を定着させる。
8)余分な薄力粉をフルイにかけて落とす。
9)薄力粉でくっついた足があれば、開いておく。
10)薄力粉をまぶしたヤリイカを氷水に漬す。ここが2度目の氷水漬け。ヤリイカの低温を維持するとともに、薄力粉全体に水分を浸透させます。
11)180度に加熱したサラダ油で揚げる。
揚げ方は水と油の反発作用を利用して、水分を含んだ薄力粉を発泡させ、気泡に富んだ衣を作ります。わざと油をはねさせる荒技で、大量の油が飛び散って火傷の危険があるので、真似をしないでください。
揚げる時間の目安は、音が揚げ始めの「ジュワー」という中音から「サー」という高音に変わってきたら完了で、およそ1分ほどです。
かつて、イタリアンレストランのスタッフを取り巻く人間模様を描いた連載漫画『バンビ〜ノ!』(せきやてつじ作品/ビックコミック・スピリッツ/小学館2005〜2012掲載)の取材があり、漫画の中のヤリイカのフライを作る場面に、当店独自の氷水使いが登場します。ちなみに、この漫画は2007年にテレビドラマ化され、松本潤(嵐)さんが主演して、当店でもロケが行われました。
12)ヤリイカが油の中でくっつかないようにザルで分離させる。
13)揚がったヤリイカをザルで油からすくい、油を切る。
フライはカリッとした仕上がりと胃にもたれない食後感のために、揚げた後、油をしっかり切ることが大切です。このため3段構えで、油切りをしています。
まず、フライをザルで油からすくい上げ、油切りをします。ところが、このザルに油が付着しているため、油切りに限度があります。このため、油がついていない別のザルにフライを移し、さらに油切りを続けます。移動時にザルとザルが近く、油が付着したザルの油が、油のついていないザルに滴ると意味がないので、フライを中空に放り投げて移動させます。さらに、フライを紙の上に移し、油を吸わせます。
14)フライを中空から別のザルに移し、さらに油を切る。
15)味付けの塩をふる。
16)フライの油を紙に吸わせながら塩をなじませて完成。
お召し上がり
ヤリイカのフライ 1人前
出来上がったフライは、イカの香ばしさが一面に漂い、食欲と飲物が進みます。
カリッと揚がった衣は気泡が多く、軽く噛むと砕けて小気味の良い食感があります。それでも、ヤリイカにはしっかりとくっつき、一緒に味わえます。油がよく切れているので、時間が経ってもベッタリした湿り気が出てくることはありません。
ヤリイカのフライ(部分)
ヤリイカは氷水の効果で、コシのある歯ごたえがあって旨味が凝縮。ほのかな甘味と塩味も感じる豊かな味わいです。衣になじんだ天日海塩の粒を舌で感じても、ストレートな塩辛さはなく、まろやかな塩味と旨味が広がり、海のもの同士の味を深めます。独自の揚げ方による、ビスボッチャならではの味わいをお楽しみください。
お飲物
おすすめのワイン
白ワイン「ランゲ・ディーオーチー・アルネイス・ブランジェ」
銘柄/ランゲ・ディーオーチー・アルネイス・ブランジェ
ワイナリー/チェレット
生産地/イタリア・ピエモンテ州
ぶどう種/アルネイス
生産年/2015年
イタリアの老舗ワイナリー、チェレット社が手がけた白ワイン。パッケージを見てわかるとおり、モダンな手法で仕込まれています。その特徴は発酵時に生じたガスをわずかに残した微炭酸にあります。
口に含むと細かい泡がはじける感覚があり、花のような香りや淡いゴールドの色、すっきりとした辛口の印象をより深めています。ヤリイカのフリットが持つ香ばしさを、レモンとともに引き立てます。
白ワイン「ランゲ・ディーオーチー・アルネイス・ブランジェ」
ラ・ビスボッチャ 店内
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ラ・ビスボッチャ外観