ティラミス

第11回 TIRAMISU

ティラミスを手にする露詰まみ副料理長

解説/副料理長 露詰まみ

写真・文/ライター織田城司 Commentary by Mami Tsuyuzume Photo & Text by George Oda

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ティラミス

ロマンスの予感

ティラミスはイタリア語で「私を引き上げて」という意味で、気分の高揚や滋養強壮への期待感が込められたお菓子です。それゆえ、恋愛映画に多く登場します。『めぐり逢えたら』(1993年)で建築家を演じるトム・ハンクスは、女性にモテる秘訣を友人に尋ねると「ティラミスだ」と言われる場面があります。 『幸せのレシピ』(2007年)で料理人を演じるアーロン・エッカートはキャサリン・ゼタ=ジョーンズ演じる料理長に「ティラミスは神々の食べ物という意味なんだ」と言うと「まさか、違うわ」と返され、「でも、僕の願望なんだ」と答える場面があります。というわけで、甘さとほろ苦さが交互に現れるティラミスをロマンスに重ねる人は少なくありません。

ティラミス

バブル時代の面影

1990年代はじめ、それまでの好景気が突然、泡のように消えました。のちにバブルと呼ばれたこの好景気は、人生を謳歌するイタリアのライフスタイルが注目され、イタリア製のスポーツカーやモード系のスーツが飛ぶように売れ、イタリアンレストランで食事をすることがブームになり、ティラミスも広まりました。 当店はイタリア料理の美味しさに感動して、日本で忠実にお伝えしたい、という想いで続けてきたので、ブームは意識していませんでした。このため、当店のティラミスは、糖分やカロリーを控える時流でも、イタリアらしい、こってりした甘さとボリュームを追求して、お届けしています。

ティラミス

調理法

ビスケットを作る

卵を割り、卵黄と卵白に分ける。

ティラミスはコーヒーを浸したビスケットとクリームを交互に重ねることが基本構造になります。ビスケットは棒状のタイプで、英語ではフィンガービスケット、イタリア語では「ビスコッティ・サヴォイアルディ(Biscotti Savoiardi)」になります。イタリアの名家、サヴォイア家で親しまれたことが由来です。 市販のフィンガービスケットの大きさでは、ちょっと物足りないと考える当店では、しっかりした食感とボリューム感あるフィンガービスケットを独自に作っています。

卵黄と卵白を別々のボウルに入れる。

コトブキ園の「長寿卵」

ティラミスに使う卵は日本製の「長寿卵」を使います。「長寿卵」は神奈川県相模原市で古くから養鶏が盛んな地域、通称「たまご街道」にあるコトブキ園が手がける卵です。黄味がオレンジ色で、味にコクと深みがあり、イタリアに多く見られる卵の性質に似ていることから使用しています。

卵黄を入れたボウル。「長寿卵」の黄味は色が濃く、オレンジ色に近いことがわかる。

卵黄に砂糖を加える。

卵黄のボウルをミキサーにセットして、約3分間泡立てる。

卵黄の泡立てが完了した状態

卵黄の粘性を確認。跡が残るくらいを目安にしている。

卵白に砂糖を加える。

卵白のボウルをミキサーにセットして、約5分間泡立てる。

卵白の泡立てが完了した状態。

泡立てた卵黄を大きなボウルに移す。

泡立てた卵白を半分大きなボウルに移す。

泡立てた卵黄と卵白を混ぜる。

小麦粉をフルイにかけて、ダマの発生を解消する。

フルイにかけた小麦粉を再度フルイに戻す。

小麦粉を二度目のフルイにかけながら、泡立てた卵黄と卵白に加える。

泡立てた卵と小麦粉を混ぜる。材料の粘度が増してきたので、踏み台に乗って全身を使いながら力強く混ぜる。

泡立てた卵白の残り半分を加える。

溶かしバターと牛乳を混ぜたものを加える。

再び混ぜる。

材料が程よく混ざれば生地の出来上がり。

絞り袋を広げる。

生地を絞り袋に詰める。

クッキングシートを敷いた天板の上に、生地を棒状に絞り出していく。

絞り出した生地。ボリューム感ある口当たりを意識して厚目に設定。

生地の大きさが均一になることを意識して絞る。

天板をオーブンにセットする。

170℃で17分間かけて焼く。

焼き上がって、オーブンから取り出したビスケット。

焼き上がったビスケットは、しばらく置いて熱をさます。

クリームを作る

マスカルポーネチーズをボウルに移す。

マスカルポーネチーズは生クリームから作られるクリーム状のフレッシュチーズです。パンにそのままつけたり、デザート用に使われます。特にティラミスには欠かせない材料です。 当店では、イタリア北部アルプス山脈に囲まれた村で1962年に創業した「ミラ」のマスカルポーネチーズを使っています。24時間以内にとれた新鮮な牛乳を使い、なめらかな舌触り、ねっとりとした強い粘り、ほのかなチーズの風味、牛乳の自然な甘みを感じる味わいです。

イタリア「ミラ」のマスカルポーネチーズ

映画『マーサの幸せレシピ』(2001年)の中で、マルティナ・ゲデック演じるドイツ人女性料理長はイタリア人男性料理人からティラミスを贈られた後、セラピストに「ナポレオンの料理人は絶望のあまり自殺。フランスにマスカルポーネが無かったから」と語る場面があります。 ところが、この史実は定かではありません。おそらく、イタリア人に対して恋心が芽生えた料理長の妄想を表現する小道具として、イタリア特産のマスカルポーネチーズが使われたものと思われます。

生クリームを加える。

卵黄を1個加える。

砂糖を加える。

ミキサーで約2分間泡立てる。

クリームが出来上がった状態。しっかりした硬めの仕上がり。

エスプレッソを入れる

ビスケットに浸すエスプレッソを店内のバーカウンターで入れる。

コーヒー豆を挽き、粉をホルダーに入れる。マシンはミラノの老舗メーカー「チンバリ」社製。

コーヒー豆「グランカフェ・グリーンブレンド」のパッケージ

「グランカフェ・グリーンブレンド」のコーヒー豆

エスプレッソ用のコーヒー豆はシチリア島パレルモで1952年に創業した「メッシカン・カフェ(Messican Caffe)」社の「グランカフェ・グリーンブレンド」を使用しています。 ブレンドは苦味の強いロブスタ豆70%、香りが高いアラビカ豆30%。南イタリアらしい深煎りで、酸味は弱く、苦味やコク、香りが強い味わいです。

シチリア島パレルモの街並み

タンパーでホルダー内の粉に圧力をかけ、余分な空気を抜く。

ホルダーをエスプレッソマシーンにセットする。

「ドッピオ・ルンゴ」のモードで抽出する。通常のドッピオとアメリカンの中間ぐらいの苦味。

通常のドッピオだとティラミスには苦すぎると感じて「ドッピオ・ルンゴ」を選んでいる。

エスプレッソを計量カップに集める。

氷で冷やしたボウルにエスプレッソを入れる。

砂糖を加える。

マルサラを加える。

マルサラはシチリア原産の酒精強化ワインです。辛口と甘口があり、辛口は食前酒、甘口は食後酒として飲まれます。当店がティラミスに使うのは甘口です。ドロっとして、強いぶどうの香りと甘さ、酸味があります。 イタリアではアフターディナーに食後酒をビスケットとともに楽しむ習慣があります。こうした伝統的なお菓子の食べ方がいくつか合わさり、1960年代にできたのがティラミスのルーツです。ティラミスのビスケットに浸すエスプレッソにマルサラを加えるのは、こうした背景からです。

イタリア、ペッレグリーノ社の「マルサラ・スーペリオーレ・ガリバルディ」の甘口

材料を混ぜ合わせて出来上がり。

ティラミスを組み立てる

ビスケットを3本サイズに分ける。大きいまま扱うと形が崩れやすいため。

ビスケットをエスプレッソに浸す。

軽く絞る。

ビスケットをキャセロールの底に隙間なく並べる。

ビスケットの上にクリームを乗せる。

クリームをゴムべらで均一な厚さに広げる。

二段目のビスケットを敷き詰める。

二段目のクリームを乗せる。

二段目のクリームをゴムべらで均一な厚さに広げる。

ティラミスの出来上がり。

冷蔵庫で保存。

ティラミスの注文を受けると、冷蔵庫からティラミスの器を取り出す。

ティラミスを器からカットして、皿に取り分ける。

ココアパウダーをふりかけて仕上げる。

ココアパウダーは1828年に世界で初めてココアパウダーの製造法を発明したオランダの「バン・ホーテン」社のものを使用。

盛り付けたティラミス

ココアパウダー多めがイタリア流

お召し上がり

ティラミス

出来上がったティラミスは、ココアパウダーの豪快な模様と芳香が強い印象で飛び込んできます。 ココアパウダーをそのまま口に入れるとむせると思い、クリームと混ぜようとするけれど、マスカルポーネの粘性がきいた、しっかり自立する質感とは、なかなか馴染みません。結局むせながら口に含んだココアパウダーは、口の中からもう一度鼻を刺激します。

ティラミス(部分)

ココアパウダーの洗礼を受けた後、本体の豊かな風味が次々と現れます。クリームに使われている牛乳やチーズ、ビスケットに使われている卵やバター、エスプレッソ、マルサラなどです。 味はクリームとビスケットが持つ、相反する要素のコントラストが楽しめます。甘味と苦味、剛と柔。温度差もあり、エスプレッソが染みたビスケットはクリームよりもひんやりした食感があります。それがマルサラの酸味を際立たせ、甘味と苦味中心のバランスに変化をつけています。

ティラミス

お飲物

エスプレッソ(シングル)

クリームとビスケットは、いずれも砂糖が入っているので、最終的には甘さが印象に残ります。そこで、エスプレッソの苦味でバランスを取ります。 そんな甘味と苦味の攻防を体感するうちに気分が盛り上がり、夜会がなかなか終わらず、「クラブに行こう」と声をかける人も。バブル時代は「ディスコに行って、ハッスルしよう」と声をかけていたそうです。

ラ・ビスボッチャ店内

いつもご利用いただき、誠にありがとうございます。 今宵も、ラ・ビスボッチャのディナーで、楽しいひとときをお過ごしください。

ラ・ビスボッチャ外観