第25回 RISOTTO AL PARMIGIANO REGGIANO “VACCHE ROSSE”
赤牛パルメザンチーズのリゾット
最高級パルメザンチーズを使用
より深い味を極めるために、
定番のパルメザンチーズのリゾットを、2018年4月からリニューアルしました。
希少な赤牛のミルクを熟成させた、最高級パルメザンチーズを使用しています。
今回は、その魅力を解説します。
赤牛パルメザンチーズのリゾット
赤牛パルメザンチーズのリゾット
赤牛パルメザンチーズの塊
赤牛パルメザンチーズの塊にナイフを入れる料理長・井上裕基
解説/料理長 井上裕基
写真・文・エッセイ/ライター織田城司
Commentary by Yuuki Inoue
Photo・Text・Essay by George Oda
メニューについて
フィレンツェの街並み
◆イタリアの産地ブランド
イタリア人の食生活に欠かせないパルメザンチーズ。その味は海を越え、世界の美食家に愛されています。
パルメザンチーズは北イタリアのポー川流域の特産物です。その歴史は8世紀におよぶといわれ、今も昔ながらの手作業で生産されています。
フィレンツェ中央市場のパルメザンチーズ売り場
パルメザンチーズ独特の味と香りを生む背景は、牛が食べる牧草や、チーズを熟成する空気など、土地の個性(地理・地勢・気候)が大きく影響しています。ワインと同じく、「土地も味のうち」と考えられています。
このため、この地域で生産されたチーズは、イタリア語で「パルミジャーノ・レッジャーノ(parmigiano reggiano)」というブランドを付け、厳しい品質検査のもとで管理されています。
ブランド名の由来は、地域に点在するチーズの産地名を組み合わせた造語で、主な産地はパルマ、レッジョ・エミリア、モデナ、マントヴァ、ボローニャなどです。
このパルミジャーノ・レッジャーノの英訳がパルメザンチーズ(parmesan cheese)になります。この項は主に英語を使って解説します。
赤牛パルメザンチーズの塊と粉、ブロック
◆日本における粉チーズ
日本でパルメザンチーズの英語は、粉チーズが普及する過程で、材料のチーズの原産国や種類は何であれ、粉チーズ総体を指す単語のように広まりました。
このため、日本の飲食店や食品売り場で、パルメザンチーズと表記する粉チーズの材料の中には、アメリカ製や日本製のものが混在しています。
でも、本物のイタリア製のパルメザンチーズの豊かな味と香りは、他の国ものと違います。こうした背景を理解して、暮らしの中で上手に使い分けたいものです。
赤牛パルメザンチーズの塊
◆幻の赤牛、再び
さて、そのパルメザンチーズの中でも、最高峰とされるのが、赤牛のミルクを使ったパルメザンチーズです。
赤牛はイタリア語でヴァッケ・ロッセ(vacche rosse)といいます。品種はレッジャーナ種。ポー川流域で古来から生息していた牛で、パルメザンチーズの歴史とともに歩みました。
ところが戦後、大量生産の時代が訪れ、乳量が多いホルスタインなどの外来種が導入されると、赤牛は忘れ去られ、一時は絶滅が危ぶまれるまで減少しました。
1980年代になると、原点回帰の風潮とともに赤牛が見直され、保存運動が進みました。やがて、赤牛のミルクを使ったパルメザンチーズの生産も再開されました。
管理協会は赤牛のミルクを100%使ったパルメザンチーズは、側面のパルミジャーノ・レッジャーノと書かれた斑点文字の認定証に加え、上部にヴァッケ・ロッセの焼印を押し、最高級品として差別化しながら今日に至っています。
当店では、その中でもパルマのチーズ工房「ジェンナーリ(GENNARI)」が手がける赤牛パルメザンチーズを輸入しています。
赤牛パルメザンチーズの上部に焼印されたヴァッケ・ロッセの認定証
◆赤牛のチーズは何がちがうのか
赤牛のミルクの産出量はホルスタインの約3分の1です。でも、その分タンパク質が豊富で、
濃厚な質感になります。
タンパク質を構成するカゼインの種類も豊富で、
豊かな味のもとになります。
独特のカゼインの成分は熟成に時間がかかりますが、結果的に長期熟成が可能です。熟成期間の規定は最低24ヶ月から。中には40ヶ月というものもあります。
大きな塊を使い、じっくり熟成させることで、
香りが高く、深い味わいのチーズが出来上がります。
ということで、この赤牛パルメザンチーズを使ったリゾットの味と香りは、より豊かに、より深くなるのです。
当店で扱うパルメザンチーズを小片で比較。赤牛パルメザンチーズは色と濃度が濃く、不透明度が高く、キメが細かい。味と香りは豊かで、深みがある
長期熟成の醍醐味を象徴する赤牛パルメザンチーズの大きな塊。撮影に使用した塊は重さ41.9kg、29ヶ月熟成
調理
チーズを成形する
冷蔵庫から出したチーズ表面の結露をふき取る
チーズを半分に割るため、ナイフで中心線を入れる
中心線に沿って切り込みを徐々に深くする
ナイフはイタリア製。パルメザンチーズ用のもの。くさびを入れるように使う
チーズを反転させる
反対側も中心線に沿って切り込みを入れる
ナイフを左右に振りながら切り込みを入れると、ある瞬間パックリ割れ、チーズは半分になる
半分に割ったチーズの断面。ナイフを入れた跡が見える。中は柔らかく、粘性があり、しっとりしている
味と香りの出来ばえを確認する
ナイフやスプーンを使い、リゾットを入れる穴をくり抜く
くり抜かれた穴。リゾットを入れ、味を付けながら掘り尽くすと、反対側にもうひとつ穴を掘る
くり抜いたチーズ片は電動おろし機で粉チーズにする
出来上がった粉チーズはリゾットの他に、いろいろな料理の味付けに使う
リゾットを作る
リゾットを炒めるオリーブオイルに香りをつけるタマネギをカット
タマネギを鍋に入れる
ピュア・オリーブオイルを加える
鍋を加熱してピュア・オリーブオイルにタマネギの香りを付ける
ピュア・オリーブオイルからタマネギを除き、リゾットを作る鍋に注ぐ
リゾット一人前に使う米1カップを計量。ピュア・オリーブオイルを入れた鍋に加える
リゾットに使う米はイタリア米を使用。粒は日本の米の倍ぐらいの大きさがある
イタリア米はイタリア最大の米どころ、北イタリア・ピエモンテ州のヴェルチェッリ産。煮崩れしにくくリゾットに最適なカルナローリ種を使用
米を炒める。煮崩れしないように水で洗わない
自家製鶏のダシ汁を加え、米を炊く
自家製鶏のダシ汁は鶏がら、ひね鶏、トマト、ニンジン、セロリ、タマネギ、ローリエ、イタリアンパセリの茎などを約6時間かけて煮込んだもの
ダシ汁は米がヒタヒタに浸かるぐらい入れる
ダシ汁が少なくなったら注ぎ足す
日本の米の炊き方とちがい、ダシ汁を注ぎ足しながら、茹でる感覚で歯ごたえの残る食感と味をつけていく
約15分かけて米を炊く。焦げつかないように時々ヘラで混ぜる
塩を加える
塩は旨味が豊富でまろやかな辛さのシチリア産自然海塩「エガディ」ブランドの細粒を使用
米の炊き加減と味を確認
バターを入れ、香りとトロみを付ける
バターは国産の無塩バターを使用
バターを溶かしながら米と混ぜる
リゾットの汁気を確認。波打つようなトロみが理想
赤牛パルメザンチーズの粉を入れ、味と香り、トロみを加える
リゾットをパルメザンチーズの穴に移す
パルメザンチーズを客席に運び、塊の中でリゾットを混ぜ、さらに味と香りを付ける
リゾットを皿に盛り付ける
チーズの穴に残ったリゾットをスプーンで集める
リゾットの残りを皿にふりかけて出来上がり
お召し上がり
赤牛パルメザンチーズのリゾット
◆まろやかで深い味わい
赤牛パルメザンチーズの色は黄色が濃く、リゾットもシャンパンゴールドに輝きます。
ミルクの甘い香りやチーズの芳香が豊かに漂います。
リゾットを口に含むと、濃厚なソースのクリーミーな口どけを感じます。
米の表面はもっちりした歯ごたえがあり、中心はアルデンテのしっかり感があり、噛みごたえを楽しみます。
米の甘さは控えめで、ほのかな旨味と香ばしさがあります。ザラザラした表面はソースとよく絡みます。
赤牛パルメザンチーズのリゾット
赤牛パルメザンチーズのソースは、最初は、まろやかで優しい味わいです。
その後すぐに、甘味や塩味、酸味、旨み、コクなどが次々と現れ、バランスよく溶け合い、奥深さを感じます。
まろやかさの中に感じる深みは飽きることなく、食べ進むにつれて、どっしりした存在感となります。
後味に、熟成を極めたチーズの底力が印象に残ります。
赤牛パルメザンチーズのリゾット
お飲物
白ワイン「ビアンコ・セッコ」
銘柄/ビアンコ・セッコ
ワイナリー/ジュゼッペ・クインタレッリ
生産地/イタリア北部ヴェネト州
ぶどう種/ソーヴィニヨン・ブラン、シャルドネなど
生産年/2015年
赤牛を想い、ワイナリーを旅する
ワイナリー「ジュゼッペ・クインタレッリ」からぶどう畑とネグラール村を望む(写真・井上裕基)
2017年10月、イタリアのワイナリーをめぐりました。そのミッションのひとつは、赤牛パルメザンチーズのリゾットに合うワインを見つけることでした。
数々のワイナリーで試飲した結果、ワイナリー「ジュゼッペ・クインタレッリ」が作る白ワイン「ビアンコ・セッコ」が合うと思い、おすすめします。
ワイナリーのエントランス。クラシックとモダンが融合(写真・井上裕基)
ワイナリーは1924年に創業。昔ながらの手作業による生産を続けています。
その背景と味に共感してくださるお客様から適正な対価をいただき、一族の生活ができれば、それ以上商売を広げない姿勢です。
いかにもイタリアらしい物づくりです。シンプルで素朴なラベルにその想いを感じます。
ぶどうの収穫は昔ながらの手作業でおこなわれる。収穫したぶどうは竹製の棚で半乾燥させる(写真・井上裕基)
接客してくれた3代目当主は職人らしく寡黙で、多くを語りませんでした。
ワイナリーで、ぶどうの仕込みの現場を見て、樽から注いだワインを味わえば、もはや説明不要、という無言のメッセージ。感性を重んじる国らしいコミュニケーションでした。
あれこれ能書きを聞き出そうとする自分が恥ずかしくなりました。
ぶどうは楕円形の大樽で熟成される(写真・井上裕基)
ぶどうの熟成に使う楕円形の大樽は伝統的な形で、中の空気を少なくすることができ、酸化を最小限にする作用があるそうです。
近年使うワイナリーは少なく、伝統へのこだわりを感じます。樽の彫刻は自然への感謝を象徴するようでした。
白ワイン「ビアンコ・セッコ」
◆フルーティーな香り
こうしてできた「ビアンコ・セッコ」は、洋ナシやパイナップルなど、南国の果実を想わせるフルーティーな香りがあります。赤牛パルメザンチーズの香りとは相反する要素で、引き立て合います。
味は中辛口。重すぎず、酸も穏やかで、豊かなぶどうの味わいを感じます。
柔らかく、ふくよかな印象は、赤牛パルメザンチーズの深い味わいを脇から支えます。
◆原点回帰という進化
昔ながらの手作業で作られたチーズとワイン。イタリアの歴史と大地の恵みを堪能する、至福の味わいです。
より美味しくなった定番を、よろしくお願いします。
白ワイン「ビアンコ・セッコ」と赤牛パルメザンチーズのリゾット
エッセイ:食のこぼれ話『リゾットの晴れ舞台』
フィレンツェの街並み
「ちょっと!こんな料理注文した?」
イタリアンレストランの婦人客は、給仕に問いただすと、給仕は答えました。
「はい、リゾットです。」
アメリカ映画『リストランテの夜』(1997年作)はこんな場面から始まります。
舞台は1950年代、アメリカの小さな街に出稼ぎに来たイタリア人兄弟のレストランは苦戦。
まだ本格的なイタリア料理が広まっていない時代で、アメリカ人客のほとんどはリゾットを知りませんでした。
給仕は婦人客にリゾットの説明を続けます。「イタリアの料理で、当店の自慢です。おいしさは保証します。本場の最高級イタリア米を使っています」
でも、婦人客は納得しません。米料理と説明され、具材がゴロゴロ入ったピラフと思って注文したようです。結局、パスタを追加して、食べ直すことにしました。
そんな問題が続き、給仕を務める弟は、兄の料理長に、リゾットをメニューから外すことを提案しました。
ある日、弟は街を歩いていると、キャデラックの販売店の前で立ち止まりました。ロケットのようなテールランプの車がたくさんならぶ姿は、アメリカンドリームの象徴のようでした。
店から出てきたセールスマンは弟に問いかけました。「アメリカ人じゃないな。どこから来た。イタリアか。夢敗れて帰るのか?」
弟は答えました。「一生帰らないよ。イタリアには歴史しかないからね」
そのとき弟は、イタリアの長い歴史の中で、多くの人々に親しまれた料理のおいしさは、アメリカでもきちんと紹介すれば受けると考えました。
そこで、兄弟は街のアメリカ人にイタリア料理を知ってもらうために、ディナーパーティーを開きました。
パーティーには街の名士や新聞記者、キャデラックのセールスマン、花屋、八百屋などが招かれました。
みんなイタリア料理のおいしさに、驚きと喜びの声をあげました。なかには、「今まで食べてきた料理はなんだったの」といって泣き崩れる女性も。
兄の料理長は招待客に「おいしい料理を食べると、神様が近くにいることを感じます」と語りました。
やがて、兄弟は悟ります。逃げ道や妥協はない。自分たちがおいしいと思う、イタリアの味で勝負しなければと。
兄弟はパーティーの中で、リゾットのおいしさを、改めて紹介しました。
ラ ・ビスボッチャ店内
赤牛パルメザンチーズのリゾット
いつもご利用いただき、誠にありがとうございます。
今宵も、ラ ・ビスボッチャのディナーで、楽しいひとときをお過ごしください。