第10回 TAJARIN CON TARTUFO BIANCO
解説/料理長 井上裕基
写真・文/ライター織田城司
Commentary by Yuuki Inoue
Photo & Text by George Oda
メニューについて
今回は、メインメニューに加えておすすめする季節のメニューの中から「白トリュフのタヤリン」の味と技を紹介します。
「タヤリン」はイタリア語で「細切り」を意味するタリオリーニ(Tagliolini)が、イタリア北部ピエモンテ州で変化した方言です。このため、このメニューは、白トリュフを添えたピエモンテ風細切りパスタの意味になります。
白いダイヤモンド
トリュフは、キャビアやフォアグラとともに世界三大珍味とされ、美食家垂涎の的となってきた食材です。キノコの一種で、独特の芳香があり、薄く削りながら料理にふりかけ、香りを楽しみます。トリュフ(Truffe )はフランス語で、イタリア語ではタルトゥフォ(Tartufo )、日本語では松露(しょうろ)と呼ばれています。今回の紹介はトリュフを使います。
トリュフは地中で木の根と共棲して育ち、地表からは見えません。このため、特殊に訓練された犬を使って、地中に潜むトリュフの場所を探しあて、傷をつけないよう丁寧に掘りおこして収穫します。生態が判明せず、人工栽培が不可能なことから、たいへん貴重で高価なものになります。
トリュフの主な産出国はフランスとイタリアです。特にイタリアのみで産出する白トリュフは最も香りが高く、世界一高額なキノコとして「白いダイヤモンド」と呼ばれています。
香りを楽しむ料理なんて、と思われるかもしれません。でも、その香りは古代ローマより媚薬のように官能を呼び覚ますと伝えられ、トリュフ料理に誘うことが殺し文句として使われることもあったそうです。現代医学でその効果は立証されていませんが、そんな歴史ロマンを感じる、神秘的な香りです。
トリュフが出てくる映画のひとつに、アメリカの『幸せのレシピ』(2007年)があります。キャサリン・ゼタ=ジョーンズ演じるマンハッタンの高級料理店の料理長が厨房に連れて来た女の子は、まだトリュフの香りを知らず、目を離した隙に誤ってトリュフをゴミ箱に捨ててしまいます。大人のユーモアとロマンスを彩る香りとして、トリュフが効果的に使われていました。
秋の味覚
白トリュフはイタリアを代表する秋の味覚で、収穫されて市場に出回るのは9月中旬から翌年の1月までです。当店の提供もこの期間限定になります。
白トリュフの名産地、イタリア北部のピエモンテ州では、秋になると街中白トリュフの話題で持ちきりになります。カフェで知人に出会うと、「今年の白トリュフ、もう食べた?」と声をかけるのが挨拶になります。
そんなピエモンテ州で、白トリュフの香りを楽しむため、タリオリーニに独自の調理法を加えて発達した郷土料理がタヤリンです。白トリュフの香りと相性が良い食材として、古くから動物性脂肪や卵が知られています。なおかつ、香りを高める料理の食感はトロトロ、ツルツル、フワフワが効果的とされてきました。卵黄をたっぷり使ったタヤリンとバターソースのシンプルな組み合わせは、こうした背景から生まれました。
当店もその調理法を踏襲して、タヤリンを自家製生パスタで製麺。豊かな風味と柔らかさ、ツルッとしたのどごしを忠実に再現して、白トリュフの香りを引き立てます。
食材
白トリュフ
白トリュフは収穫して地上に出すと、徐々に水分が失われ、香りが低下し、削りにくくなります。このため、常に新鮮な白トリュフが提供できるよう、こぶし大くらいの塊を3日以内に使い切るペースで、コンスタントにイタリアから空輸しています。
卵
タヤリンに使う卵は日本製の「長寿卵」を使います。「長寿卵」は神奈川県相模原市で古くから養鶏が盛んな地域、通称「たまご街道」にあるコトブキ園が手がける卵です。黄味がオレンジ色で、味にコクと深みがあり、イタリアに多く見られる卵の性質に似ていることから使用しています。
タリオリーニは一般的に全卵主体でこねられますが、タヤリンは卵黄のみを主体にして、風味やコク、コシを強調しています。出来上がったパスタもオレンジ色が際立ちます。
調理法
パスタの生地を作る
タヤリンを自家製生パスタで製麺する工程は、電動式のミキサーとパスタマシーンを使います。白トリュフと相性が良いツルッとした食感を出すには、パスタの生地質とカットに均一性が必要なため、電動式を中心に使います。
タヤリンに使う小麦はイタリア製の「ラ・トリプロ・ゼロ」を使っています。イタリア北部のモリノ・ビジェバノ社が手がける、小麦の自然な味を生かした無添加の小麦粉を伝統的な石臼と近代技術を融合させて作る「モリノ・ダラ・ジョバンナ」シリーズのひとつで、手打ちパスタ用に展開している軟質小麦粉です。
パスタを作る
パスタを茹でる
バターソースで和える
白トリュフのスライスをふりかける
お召し上がり
出来上がった白トリュフのタヤリンは、白トリュフの香りがタヤリンの熱とトロみで高まり、あたり一面に広がります。タヤリンを口に含み、ツルッとした食感を舌でころがし、軽く噛んでのどへ通すと、白トリュフの香りがバターや卵黄の風味とミックスして、より豊かな香りとなって鼻へ抜けていきます。
その香りは、新緑の森林や真夏の湿原、紅葉の渓谷など、大地と樹木が生み出す芳醇な薫風のようで、自然の神秘に満ちています。思わず、森の精に誘われた生き物のように吸い込まれ、余韻が後に続く料理をより美味しく感じさせます。
白トリュフのタヤリンは通常、厨房で盛り付けてお出ししています。記念撮影など、お客様の要望があれば、客席で白トリュフを削るサービスも受け付けていますので、お気軽にお申し付け下さい。
こちらのメニューはお腹を満たすパスタというより、季節の香りを楽しむ料理です。このため、前菜のようにいただくことをおすすめしています。大人数で少しずつ分けるとちょうど良いと思います。そんな人々の、秋の挨拶は、「ビスボッチャの白トリュフ、もう食べた?」
お飲物
銘柄/D.O.Cピエモンテ・シャルドネ・ジャローネ
ワイナリー/ベルテッリ社
生産地/イタリア北部ピエモンテ州
ぶどう種/シャルドネ100%
生産年/2012年
ピエモンテ州で何世紀に渡ってワインを作り続けてきた名門ワイナリー、ベルテッリ社のパワフルで存在感ある味わいの白ワイン。
強い果実の香りと重厚な味わいは、白トリュフと好対照で、その香りを引き立てます。いかにも白トリュフの名産地ピエモンテ州のワインらしく、土着の組み合わせの妙を楽しみます。
いつもご利用いただき、誠にありがとうございます。
今宵も、ラ・ビスボッチャのディナーで、楽しいひとときをお過ごしください。