第27回 COTOLETTA DI VITELLO ALLA CHECCA
海外旅行に行く前に、ガイドブックを見て楽しみます。
ご当地グルメはどれも美味しそうで、あれこれ食べたいと思うとキリがなく、短い日程を悔やみます。
そのなかで、ミラノのページに必ず載っているのが「ミラノ風カツレツ」です。
今回は、その魅力を解説します。
解説/副料理長 露詰まみ
写真・文・エッセイ/ライター織田城司
Commentary by Mami Tsuyuzume
Photo・Text・Essay by George Oda
メニューについて
仔牛のロースを使うミラノ風カツレツは、もともと骨付きの肉で作られていました。
その美味しさがフランスで評判になると、アレンジが加わり、骨が外され、フライパンでバターを使って焼く調理法で広まりました。
その美味しさがイタリアで評判になると、フランスに近いミラノから逆上陸しました。やがて、イタリア全土でミラノ風カツレツとよばれるようになりました。
ミラノのレストランの中には、昔ながらの骨付きカツレツを出すお店もあります。
この骨付きカツレツをイタリア語で「コストレッタ(Costoletta)」とよび、骨が付かないカツレツを「コトレッタ(Cotoletta )」とよんで差別化しています。「Sが付くと、骨が付く」と憶えられています。
当店のカツレツは骨が付かない「コトレッタ」になります。
カツレツの香ばしい美味しさを引き立てるために、7種類のトマトを添えています。メニューには「仔牛のカツレツ、色々なトマト散らかしちゃった」という名称で表記しています。
トマトの下ごしらえ
カツレツの下ごしらえ
◆パン粉をつくる
◆牛肉を叩いて広げる
◆ころものパン粉を二度付け
カツレツを焼く
お召し上がり
◆軽やかで洗練された味
出来上がったカツレツからは、バターとパン粉の香ばしい香りが漂います。
その香りは朝食のトーストを思わせ、食べごたえも爽やかで軽めの印象です。
前菜やパスタを多めに食べた後に、ちょうどよいボリューム感です。
カツレツのころもは、二度付けされた細かいパン粉がぎっしり詰まっています。カリカリの食感の中に、バターの甘味とイタリアパンのコクをしっかり感じて、ころもだけでも深い味わいがあります。
中身の仔牛の肉は、絶妙の火加減で柔らかく、噛みしめるとサラリとした肉汁がしみ出し、甘味と若々しい旨味を感じます。
みずみずしいトマトの香りと酸味は、カツレツで油っぽくなった口をサッパリさせてくれます。
香ばしいカツレツに、バラエティー豊かなトマトの味くらべを合わせる楽しみは、洗練された都市ミラノの粋を感じます。
お飲物
銘柄/カステッロ・ディ・フォンテルートリ キャンティ・クラシコ グラン・セレツィオーネ
ワイナリー/カステッロ・ディ・フォンテルートリ
生産地/イタリア中部トスカーナ州キャンティ地区
ぶどう種/サンジョヴェーゼ、マルヴァジア・ネーラ、コロリーノ
生産年/2013年
伝説の赤ワイン
トスカーナ州のキャンティ地区はワインの産地として知られています。
この地で6世紀に渡り、ワインの生産を行う名門一族が「マッツェイ家」です。
祖先はキャンティの名を発案し、18世紀にアメリカ大統領ジェファーソンの依頼で、アメリカではじめてブドウ畑を作るなど、その業績はイタリアのワイン史と重なります。
マッツェイ家はイタリアワインの伝統を守りながら進化させることに情熱と技術を結集し、多くのワイナリーから模範とされています。
そのひとつが、土地の個性を生かすことです。地下のセラーは鍾乳洞がある天然の地形を生かし、温度と湿度の管理に湧き水を使い、ワインの醸造には理想的な環境です。こうしてできた土着の味は世界で唯一の存在になります。
もうひとつ大切にしていることは、顧客との交流です。当主自ら世界の市場をめぐり、自社のワインがエンドユーザーにとってどのような存在か確かめます。
どちらも、当たり前のようで、現代では難しい事情もあります。それゆえ、イタリアのモノづくりが愛されるのでしょう。
2017年秋、当店の料理長・井上がマッツェイ家のワイナリーを視察しました。そのお礼にと、マッツェイ家25代目当主・ジョバンニ・マッツェイさんが2018年春に来店されました。
ジョバンニさんは店内でお客様と交流しながら、「日本のイタリア料理のレベルは高く、お客様はワインのことを熱心に勉強している」と語りました。
そんなジョバンニさんが、当店のミラノ風カツレツに合うワインとしておすすめいただいたのが、こちらの赤ワインです。
◆バランスのとれた果実味
香りはブラックベリーやスパイスのニュアンスが漂い、飲み心地は力強く、エレガントな余韻を感じます。
味わいはしなやかな辛口。果実味が豊かで、酸味や渋味がバランスがよく調和します。
キャンティのワインの中でも、炭火焼きステーキに合わせる重めの辛口とちがい、上品で繊細な印象です。洗練されたカツレツとよく合い、より美味しく感じさせてくれます。
エッセイ:食のこぼれ話 『カツレツの火加減』
映画『星降る夜のリストランテ』(1998年作)は、ローマの街角にあるレストランの物語です。
来店客や料理人が繰り広げるエピソードは大人の喜怒哀楽にあふれ、イタリアンレストランの醍醐味を感じます。
とあるテーブルは、教授と女学生の不倫カップルです。でも、教授は楽しそうではありません。大声でウエイターを呼び、出てきたミラノ風カツレツに文句をつけました。
「ミラノ風カツレツは指一本の厚さで、バターで焼く。肉のフライではない」と主張しました。厨房が間違えたのか、場面からはわかりません。
実は、教授が不機嫌になった原因はカツレツではなく、別にあったのです。
カツレツが出てくる前に、教授は女学生から「彼氏と別れた。教授も奥さんと別れてくれ。奥さんに手紙を出す」と迫られていました。
このため、教授は女学生に別れ話を切り出そうとしましたが、逆上されても面倒です。
そこで、教授は女学生から嫌われるために、ウエイター相手に大声で騒ぐ奇行に出て、カツレツはその火の粉を浴びたのです。
ロマンスは人生の潤滑油によいが、油をまちがうと火傷する。
そんな教訓を描く火遊びカップルの料理はサラダでは雰囲気が出ません。油をたっぷり使うカツレツを合わせた演出は見事で、食を楽しむイタリア人らしいスパイスです。
教授が大声で騒ぐと、店中の客がにらみます。なかには「うるさいぞ!」と野次る客も。女学生は事態の火消しをするために、教授にこっそり声をかけました。
「私はお肉のフライでも、いいのよ」
それが火に油を注ぎ、教授はさらに炎上するのでした。
いつもご利用いただき、誠にありがとうございます。
今宵も、ラ・ビスボッチャのディナーで、楽しいひと時をお過ごしください。