第28回 CHIANINA ALLA GRIGLIA
イタリアの至宝、幻の白牛「キアニーナ」
その肉は、美味でありながら門外不出で、長い間イタリアでしか食べられませんでした。
2017年、ようやく日本で展開が解禁になり、当店でも取り扱いがはじまりました。
おかげさまで、多くのお客様からご指名をいただいています。
今回はその魅力を解説します。
解説/料理長 井上裕基
写真・文・エッセイ/ライター織田城司
Commentary by Yuuki Inoue
Photo・Text・Essay by George Oda
メニューについて
キアニーナ牛とは
◆大きな白い牛
キアニーナ(Chianina)牛の名は、古くからこの牛が生息する、イタリア中部トスカーナ州のキアーナ渓谷(Val di Chiana)の地名に由来します。イタリアで最も古い牛とされ、古代遺跡にも描かれています。
大きな白い牛で、成長すると牛としては世界一の大きさになります。筋肉質の体格から役牛として、ヒトの農耕具や荷車を引いてきました。
その頼もしい姿と、太陽に映える白の神々しさから、収穫と繁栄のシンボルとされ、お祭りのパレードに欠かせない存在として親しまれてきました。
◆欧州連合で認められたブランド
そんなキアニーナ牛は肉もおいしく、美食家たちに珍重されてきました。
現在、キアニーナ牛のブランド表記は、欧州連合統一の保護地理的表示(IGP)の対象のひとつとして、厳しい規定のもとで管理されています。
◆希少な高級食材
キアニーナ牛のブランドを表記するには、純血種であることや、エサの飼料が地産であることなど、厳しい規定があります。このため、取り扱う農家は少なく、希少な存在になっています。
生産コストもかかることから、レストランの店頭価格も、一般の牛肉より数倍高くなっています。
フィレンツェの名物「フィレンツェ風ビフテキ(ビステッカ・アラ・フィオレンティーナ)」と名乗る料理に使う牛肉は、キアニーナ牛でなければならない、という人もいます。
伝統的にはそうかもしれません。でも、今はキアニーナ牛の流通量は少なく、そこにこだわると、多くの人が名物を食べられないことになるでしょう。
現在、フィレンツェのレストランを見ると、「フィレンツェ風ビフテキ」と書かれたメニューは、Tボーンの部分を炭火焼きする、という暗黙の定義はあるものの、使う牛肉はキアニーナ牛に限らず、特に表記しないで、幅広い種類の牛肉が使われ、価格も無理のない範囲におさまっています。
キアニーナ牛を使ったステーキは、「フィレンツェ風ビフテキ・キアニーナ牛使い」など、きちんと牛のブランドを追記して、特別価格を設定するケースが多く見られます。このような流通事情は、日本のブランド牛の扱いと似ています。
キアニーナ牛の味
◆脂が少ないのに、旨みたっぷり
キアニーナ牛の魅力は、赤身肉のおいしさです。
古くから肉食が栄えたヨーロッパで人気の赤身肉の食べごたえは、日本でも注目されています。
筋肉質で脂質が少なく、しっかりした噛みごたえの中に、肉そのものの甘みや旨味、コクを感じます。厚切りの炭火焼きで、おいしさを最大限に発揮します。
特にキアニーナ牛は旨味が濃く、弾力に富み、迫力ある食べごたえです。
調理
◆肉の下処理
◆肉を焼く
お召し上がり
◆あばれ牛と格闘する
焼きあがったキアニーナ牛は、炭や薪、焦げめの香ばしさが強く漂い、しばらく鼻の感覚を支配します。
ナイフで切って口に含むと、弾力におどろきます。強いもっちり感で、奥歯でグイグイ噛むと、次第にやわらかくなります。
噛み砕いた肉の小片を飲み込むと、喉を押し広げ、食道をズルッと滑り落ちる感じがハッキリわかります。
噛めば噛むほどしみ出す肉汁は、牛肉の風味と旨味が濃く、野性味が強い印象で、ときどき感じるトロリとした脂身の甘みと、カラリとした焦げめの香ばしさがアクセントになります。
骨のまわりに残った肉はさらに弾力があり、旨味とコクとが増し、後口に少し苦味を感じ、もうひとつの味わいを楽しみます。
ふだん、アゴの筋肉をこれほど使うことは、めったにありません。頭の血行がよくなり、しばらく陶然として、熱くなった額の汗と目の色が輝きます。
ひとしきり食べ終わると、同伴者と「フーッ」とため息をつき、思わず目が合い、おたがい照れ笑いをうかべながら、ワインをゴクリと飲みます。
脂質が少ない赤身肉は、満腹感がありながらモタれの少ない後味です。すぐに、体の中から元気がみなぎる気分になり、その印象は炭火の香りとともに刻まれます。
キアニーナ牛の食べごたえは、和牛のやわらかい食べごたえとは別物で、格闘技のような力強さがあります。
パスタのアルデンテや手打ちうどんのコシ、赤飯のもち米のように、歯ごたえを楽しむ食文化で、これもひとつの価値観だと思います。
そんなキアニーナ牛の味わいを、ぜひ、ディナーのレパートリーに加えて、お楽しみください。
お飲物
銘柄/シエピ
ワイナリー/カステッロ・ディ・フォンテルートリ
生産地/イタリア中部トスカーナ州キャンティ地区
ぶどう種/サンジョベーゼ50%、メルロ50%
生産年/2013年
キアニーナ牛に合うワインを探してトスカーナへ
当店でキアニーナ牛を扱うことになり、その炭火焼きに合うワインを探すため、2017年秋、イタリアに飛びました。
キアニーナ牛といえばトスカーナ州、トスカーナのワイン産地といえばキャンティ地区、キャンティの名門といえば中世から6世紀に渡ってワインを作り続けるマッツェイ家、と目星をつけました。
そこで、フィレンツェから車で1時間ほどの山間部にある、マッツェイ家が経営するワイナリー「カステッロ・ディ・フォンテルートリ」を訪ねました。
25代目当主のジョバンニ・マッツェイ氏に「キアニーナ牛の炭火焼きに合うワインを教えてください」と質問すると、「『シエピ』をおすすめします」と、即答されました。おそらく、同じ質問をする人が多いのでしょう。それでも、嫌な顔ひとつせず、ニコニコ笑いながら「シエピ」を試飲させてくれました。
「シエピ」は上質な味わいで、「ウム、うまい!」と思いました。しばらく余韻にひたり、キアニーナ牛の炭火焼きと交互に味わうイメージを想定しながら、あたりをキョロキョロ見回していました。
すると、ジョバンニ氏は察したように「こちらにどうぞ」と言って、ワイナリーのレストランに案内してくれました。
こちらのワイナリーはワインの生産のみならず、ワイナリーの見学、ワインの試飲と販売、料理と一緒にワインを味わうレストランなどのサービスがありました。さすがワイン王国、ワインにとって何よりのプレゼンテーションだと思いました。
レストランのみでも利用できるため、地元の名物キアニーナ牛の炭火焼き目当てに来店するお客様もいました。
レストランで「シエピ」とキアニーナ牛の炭火焼きの組み合わせを堪能すると、何世紀もキアニーナ牛を食べながらワインの味を研究してきた職人技の蓄積に「すごい迫力だ!」と驚き、日本のお客様に感動を伝えるために「シエピ」の情報を集めようと思いました。
ジョバンニさんに、「『シエピ』のブドウの種類は? ブドウを育てる土壌の質は? 気候は? ブドウ畑の写真が撮りたい!」と尋ねると、ジョバンニさんは「今、井上さんが眺めているレストランの前の景色が、『シエピ』のブドウ畑です」と教えてくれました。
「えー!」と驚くと、すぐさまテーブルからブドウ畑に飛び出し、フィレンツェの街中で見た観光客のように、バチバチ激写しました。その様子を、ジョバンニさんがニコニコ笑いながら見ていました。
◆風格がありながら、なめらかな飲み口
「シエピ」の名は、使用するブドウの畑の名に由来するそうです。グラスに注ぐと、深い芳香が漂います。口に含むと、ブラックベリーやビターチョコレート、スモーク、レザー、オークなどのニュアンスが複雑に混じります。深くてエレガントな印象は、炭火焼きの野性的な香りと好対照で、お互い引き立てます。
飲み口はなめらかで、味わいは果実味や酸味、渋味がバランスよく凝縮して、ほどよい辛さと長い余韻があります。しっかりした強さと、堂々とした風格は、キアニーナ牛の濃い旨味に共鳴します。
筋肉質のキアニーナ牛の肉汁は和牛に比べると少なめです。このため、重めのワインの中でも、ドライな舌ざわりのタイプより、スムーズな舌ざわりの「シエピ」がちょうどよく合います。
トスカーナ土着の組み合わせの再現をお楽しみください。
エッセイ:食のこぼれ話『ステーキのおいしさ』
イタリア映画『靴みがき』(1946年作)に、ギャングの食事の場面があります。レストランのテーブルを囲むギャングは皆下を向き、元気がありません。
店長は雰囲気を変えるため、ギャングのボスに「そろそろ、ステーキを焼きましょうか?」と声をかけると、「食欲がないから、いらない」と断られ、仲間も遠慮して、店内はますます暗くなりました。
ギャングに元気がないのは、窃盗を手伝わせた少年が逮捕されたからです。少年の自供から自分たちも逮捕されると思い、心配していました。
そんな不安の表現に、ステーキがうまく使われました。いかにも食を謳歌するイタリア人らしい演出です。
そこに、ギャングの仲間が駆けつけ、「少年が黙秘してる情報をつかんだ」と、報告しました。
すると、ボスは「なに?本当か?それはうれしい」と喜び、「オーイ店長!やっぱりステーキを焼いてくれ!」と叫びました。
仲間も口々に「オレにもステーキを焼いてくれ!」「こっちもステーキだ!」と続きました。
店内はにわかに明るくなり、炭火焼きの香ばしい香りが広がりました。
いつもご利用いただき、誠にありがとうございます。
今宵も、ラ ・ビスボッチャのディナーで、楽しいひとときをお過ごしください。