Episode 14 : Shotaro Michishita
会食のよろこび
ビスボッチャに来店されるお客さまのインタビューで綴る連載コラム。今回は、ビスボッチャとコラボしてアートイベント「コスミック・ジャンクション」を開催している、予防医療クリニック「アフロード・クリニック」の代表、道下将太郎さんにご登場いただきました。
表参道の「アフロード・クリニック」を訪ね、生い立ちや食生活、アートについて語っていただきました。
◆道下将太郎(みちした しょうたろう)プロフィール
1991年 神奈川県横浜市港北区菊名生まれ
2016年 東京慈恵会医科大学卒業
2016年 東京慈恵会医科大学附属病院勤務
2020年 株式会社Re.habilitation創業
2021年 株式会社Medical Wellness Partners創業 AFRODE CLINIC監修
1.少年時代はサッカーに熱中
私は1991年、横浜市の菊名で生まれました。幼稚園から高校まで、ひとつ上の兄とともに、地元で甲子園出場などで有名な桐蔭学園に通いました。
兄は勉学中心の少年でしたが、私はスポーツ中心の少年でした。幼少の1993年にJリーグが発足し、サッカーブームが起こり、私もサッカー少年でした。
地元のJリーグのサッカーチーム、横浜マリノスのユースに所属し、チームの主力選手だった中村俊輔さんから教わったこともありました。
家系は祖父の代まで医者でした。当時の医者は、開業医や勤務医にせよ、指名や、差別化のない職性でした。
父はそのような立場を好まず、手腕の評価で頭角を現す業界を志望し。広告代理店に就職し、プロデューサーを生業とし、後に独立しました。
ビスボッチャが1993年に創業した当時、ビルの地下に芸能事務所があり、父の仕事の関係先のひとつでした。その縁で、父はビスボッチャを創業当時から知り、家族を連れてよく食事に行き、私も足かけ30年間通っています。
父の仕事は、1980年代のバブル景気の頃はよかったけれど、私が生まれた1990年代からバブルが崩壊し、不況の時代に入ると、苦労しました。
このため、父は浮き沈みが激しい業界を子どもにすすめず、安定した職業に就くように教育し、兄は弁護士になり、私は医者になりました。
私が医療を生業としながら、さまざまな事業やイベントをプロデュースするのは、父の影響かもしれません。
2.大学時代はアメフトに熱中
大学は、東京慈恵会医科大学に入学し、アメリカンフットボール部に入部し、キャプテンを務めました。
高校までは、サッカーに熱中していたけれど、大学に入ると、ファッションでサッカーをやる人が多く、それが嫌で、よりハードなアメフトの世界に入りました。
花の学生生活はなく、試験期間以外は、アメフトばかりやっていました。
キャプテンになったとき、OB戦で足を骨折し、3ヶ月入院し、1年半リハビリという生活が、突然はじまりました。
リハビリ期間に車椅子でグランドに行くけれど何もできず、無念でつらくて、人生で一番の挫折でした。
それ以降、つらい経験はありませんでした。つらくなる時があっても「あの時のつらさに比べれば」と思えば、多少のつらさには耐えられ、人生を学びました。
3.死から生を見つめる
大学を卒業すると、東京慈恵会医学大学附属病院の脳神経外科に就職しました。そこで多くの手術の現場を見ながら、自ら手術をすることもありました。
その過程で、私は20歳代で、1000人以上の人が亡くなる姿を見てきました。
脳神経外科の患者は、事故で運び込まれるケースが多い。亡くなると、遺族は不慮の死に対して「死んじゃった」と表現することがほとんどです。
そんな現場を見ながら、人の死は突然訪れ、それを受け入れるしかない人生なのか?という疑問を抱きました。
そこで、人は死ぬことを受け入れ、それに向けて心身ともに健康に過ごす人生があってもよいのでは、と考えるようになりました。
「ウェルビーイング」という概念があるように、死から生を見つめる「ウェルダイイング」という概念を構築し、事業化を計画しました。25、26歳の頃です。
人は60歳代でリタイアして、時間に余裕ができると、旅行を楽しむ傾向があります。しかし、70、80歳代になると、足腰が衰えて思うように旅行に行けなくなる。
そんな高齢者が旅行を楽しむためのリハビリテーションをサポートし、豊かな晩年の創造に寄与する会社として「株式会社 Re.habilitation」を、2020年に創業しました。
これは、ウェルダイイングの概念のなかでも、施設のお世話になりながら、豊かな晩年を過ごすケースです。
その一方で、施設のお世話になる前の年齢層にも、豊かな人生をサポートすべきだと思い、予防医療について考えるようになりました。
予防医療というと、人間ドックを思い浮かべる人は多いと思いますが、人間ドックは検査をしているだけです。
検査結果に対して、どのようにライフスタイルを過ごしたら、心身の健康によいかを提案することが大事です。
それを解決するための「アフロード・クリニック」という独自のクリニックを監修し、2021年に立ち上げました。
4.食事のこだわりを提案
豊かなライフスタイルの提案に、食生活のアドバイスも入ります。
心身の健康を維持するためには、ルーティン、いわゆる規則正しい生活習慣が大事です。習慣で回数が多いのは食事です。一日3 回、ひと月90回、年間で1000回以上になります。このため、毎回の食事の内容には、こだわるべきです。
食事でこだわる優先順位の1位は、食事を通して摂取する栄養素のバランスです。タンパク質や炭水化物、脂質、ビタミン、ミネラル、その他の大分類のバランスです。
そのバランスができてから、その傘下にある、動物性や植物性など、細かい成分の精査に入るべきです。
その一方で、ビーガンやグルテンフリーのように、細かい成分を優先した健康法が提唱され、そのキーワードだけがファッションとしてひとり歩きをはじめ、メディアもそれに追従する傾向には疑問を感じています。
この2年間で、勉強のために、飲食店120店舗のコンサルティングをしました。すると、ビーガンやグルテンフリーを標榜するけれど、中身をよく見ると、調味料の使い方や、栄養素のバランスが健康的ではないお店が多い。
なかでも、健康に対する完成度が高かった表参道のカフェ「L for You(エル フォー ユー)」を2ヶ月前に買収し、傘下に入れました。
健康食をわかりやすく言うと、自然に近いものです。
おじいちゃんと、おばあちゃんが、田舎でつくってくれる料理は健康的です。総じて、和食は、世界の食文化のなかでも、最も健康的だと思っています。
そんな料理に使う調味料、たとえば塩は、精製された純度の高い塩は、血圧を高くし、天然の海塩は、それほど血圧を高めない。
それを単に塩として一緒に扱わないように、素性のちがいを正しく伝え、使い分けるアドバイスをすることが大切だと思っています。
5.レストランの会食を楽しむ
私が考える豊かな人生の楽しみ方に、レストランの会食もその一助になっていると考えています。
楽しみのために生きてよいのです。でも、よく考えると、さすがに毎食レストランで暴飲暴食すると体に良くない。
そのダメージを軽減する防御として、レストランで食事をする回数を減らしたり、健康的な食事をする回数を増やしたり、運動量を増やしたり、バランスをとりながら、帳尻を合わせるような意識が大切です。
私はビスボッチャでメニューを選ぶときは、健康を意識していません。食べたいメニューを注文するだけです。でも、ビスボッチャに行くと、ガッツリ食べるから、その前に、運動してから行こうと考えます。
ビスボッチャで食事をするときは、防御しようと思いません。私の場合は、美味しいものを食べに行くときは、別の時間に防御して、帳尻を合わせています。
私が不幸だと思うのは、ふだん何となく無防備で食べている料理やお菓子が体に良くなく、ダメージが蓄積されていくことです。
結局、楽しいとか、幸せとか思うのは脳ですから。脳がどのように思うかが、すべて体に連動します。
ネガティブなことを考えると、お腹が痛くなったり、体がガチガチになるのも、すべて脳の判断の影響です。
脳の発想をポジティブに、ハッピーにすると体調がよくなります。
このため、レストランで会食をするときは、ポジティブなことしか考えず、思いっきり美食と会話を楽しむと、相乗効果で体調が良くなります。
6.ビスボッチャの面白さ
私はレストランに行くときは、空間を含めて時間を買いに行く感覚です。誰と、どんな空間で、どんな料理を食べながら、限られた時間を過ごすか。それが揃うと健康への相乗効果がグンと上がります。
ビスボッチャの空間と、そこで過ごす時間は、現世と切り離されている気がします。
メニューの紹介は、活字だけで紙に書いた定番メニューリストが渡されたかと思うと、現物の食材サンプルをのせたワゴンで季節のおすすめメニューが紹介されます。
情報量が多い割には、完成品の写真がひとつもないから戸惑います。
100席ほどのキャパの注文を、コースでまとめることなく、ひとりずつの注文をアラカルトで受け、別注まで受けています。
その注文を厨房へ通す方法は、手書きの紙の伝票です。
アナログ的なオペレーションばかりで、ビジネスの観点から見たら破綻しているようだけれど、人間味やあたたかみを感じる空間と時間に、タイムスリップ感があり、不思議な魅力にアートを感じています。
7.アートと自然
最近はアートを絡めたイベントも多く手がけています。私はもともと右脳人間なのです。
アートが大好きで、アートだけやっていたいけれど、それだけでは暮らしていけないから、左脳で支える生き方をしています。
ウェルダイイングの一環で、ある患者に、自分の死後、棺桶に一緒に入れるものを、生前から選んでおくとよいと提案したことがありました。
すると患者はボロボロになった熊の人形を持ってきました。ピカソなど、高額な貴重品をたくさん所有していた方のため、家族から反対されました。
すると、患者は、この熊の人形は、孫にはじめてプレゼントしたもので、孫がよろこび、ボロボロになるまで遊んでくれたから、自分にとって大切なものだと語りました。
そんな経験から思ったことは、世の中の物事の感じ方は自由で、正解はなく、言葉で表現できない感覚もある。なおかつ、その人だけが精神的なプラスに感じる物事もある。
それがアートの価値で、ウェルダイイングの処方箋になると考えました。
でも、アートのことを言葉で理屈っぽく語ることは好きじゃない。見た瞬間に「これカッコいい!」と感じるだけでいいと思います。
私にとっては、ロレックスの新作よりも、かつて父に買ってもらったバッグのストーリー性の方が大切で、そういう考えがあってもいいと思います。
そして、究極のアートは、自然だと思っています。山に行くと、答えはないけれど、情報量が多くて、感受性が刺激されます。
クリニックの入口に、植木をたくさん置くのも、自然を身近に感じていたいからです。
西畠清順(にしはた せいじゅん)さんという園芸家がいて、彼の会社の顧問も務めています。都会のど真ん中に植物密度が多い所があったら面白いね、と話し合いながら設置しています。
精緻な建築物と自然の植物が持つ不規則性の対比が、引き立て合います
クリニックに出入りする階段で、植物が当たるという人がいるけれど、当たるのを払いのけたり、くぐるのがいいのです。
ビスボッチャの入口も植物密度が多く、私の考えと大いに共感し、また行きたくなる要素のひとつです。
(監修:料理長・井上裕基 写真・文:ライター 織田城司 取材:2024年10月25日)