FISH FAIR
コラム『味と技』第95回
さっぱりした魚料理で暑気払い!8月19日(木)から8月31日(火)まで「魚フェア」を開催します。
期間限定メニューが7品登場。ゆく夏を惜しむディナーに、ぜひご利用ください。
監修/料理長・井上裕基 副料理長・露詰まみ
写真・文/ライター 織田城司
Supervised・Cooking by Yuuki Inoue Mami Tsuyuzume
Photo・Text by George Oda
料理長ごあいさつ
ふるさとの魚
真夏になると思い出す味は、渓谷で食べたアユの塩焼きです。
場所は瀞峡(どろきょう)。奈良や和歌山、三重の3県にまたがる渓谷です。
私が生まれ育った三重県の実家では、毎年夏に、家族で瀞峡へ出かけるのが恒例でした。
小学生だった私の味覚に、アユの塩焼きは、まだ早かったかもしれません。
でも、澄んだ川に映える、森林の緑を見ながら食べるアユは、とびきり美味しく感じました。
やがて、就職で上京。イタリアンレストランで働きながら、いつか子どもに瀞峡を見せたいと思っていると、コロナ禍が発生しました。
帰省できないまま歳月が経ち、望郷の念から、今回の「魚フェア」を企画しました。
はじめに紹介するアユは、瀞峡をイメージして、緑色のソースを合わせました。
魚料理に、ふるさとを思い出して、お楽しみいただければ幸いです。
2021年8月吉日
料理長 井上裕基
⚫︎前菜
1.アユのコンフィ ジェノヴェーゼソース
メニューについて
自然に恵まれた日本の魚料理は、海の幸のみならず、川魚も魅力です。
アユは日本の川魚の代表として、古くから親しまれてきました。
夏から秋にかけて成魚になる、脂がのったアユの美味しさを、イタリアンの技で引き出します。
⚫︎コンフィとは
コンフィは、食材をオイルに浸し、低い温度で長時間煮て、柔らかくする調理法です。
フランスが発祥とされ、もとは冷凍技術がない時代に、食材の保存法として生まれました。
調理
◆アユをコンフィする
◆アユに添えるウイキョウを炭火で焼く
◆仕上げる
お召し上がり
◆ハーブの香りが心地よいアユ
アユの皮の香ばしさは、オイルで焼く洋食らしい力強さがあります。
身はオイルがたっぷり染みて、パサつきはなく、しっとりととろける舌ざわりに、まろやかな旨みを感じます。
頭や骨も柔らかく、ボリボリ噛みしめ、頭に近くにある内臓のほろ苦さがアクセントになります。
合わせるウイキョウや、バジルのハーブ香が心地よく感じます。
渓谷の森林浴の爽やかさを想わせ、川魚がより美味しく感じ、身も心も潤う気分になります。
2.イワシと炭火焼き野菜のサラダ
メニューについて
秋にかけて大きくなるイワシの脂がのった旨みを、サラダで味わいます。
合わせる野菜は炭火で焼き、旨みを凝縮します。
調理
◆イワシの下ごしらえ
◆野菜を炭火で焼く
◆仕上げる
お召し上がり
◆重なる旨みの迫力
イワシは刺身に近い状態で柔らかく、トロッとした舌ざわりに旨みを濃厚に感じます。
炭火で焼いたトマトやナス、パプリカは、旨みが凝縮して、香ばしさとほろ苦さが加わり、味わい深くなっています。
炭火で焼いた野菜は、酢やオリーブオイルが染みて、しっとりと柔らかく、イワシの質感と一体化して、旨みを強調します。
オリーブとケッパーの塩味が程よいアクセントになり、おつまみ感を増しています。
⚫︎パスタ
3.ウニのスパゲッティ
メニューについて
ウニの風味や甘みを、アツアツのスパゲッティでシンプルに引き立て、たっぷり味わいます。
ウニは、ウニ本来の美味しさが生きた、塩水ウニを使用。ウニ好きには、たまらない一品です。
⚫︎塩水ウニとは
塩水ウニは、とれたてのウニ本来の美味しさを封じ込めるために、保存料を使わず、海水に近い濃度の人工海水に浸して保存したものです。
今回使用する塩水ウニは、特産地の北海道産。品種は「白ウニ」と呼ばれるキタムラサキウニです。
調理
◆ソースをつくる
◆仕上げる
お召し上がり
◆太めのスパゲッティできわだつウニの甘み
ウニが溶け込んだソースは、とろりとして、スパゲッティによく絡みます。
アツアツのスパゲッティであたためられたウニの味は、磯の風味と甘みが強く、続いて塩味や旨み、コクが広がります。
スパゲッティは太め。これ以上太いと主張しすぎだし、細いと物足りなく、絶妙のバランスです。もっちりした食感と、小麦の風味をたっぷり感じ、ウニの味に食べごたえのある立体感をつけています。
合わせるズッキーニの大きさや厚さは控えめで、しっかり炒めて柔らかく、まろやかな旨みがほどよいアクセントです。
脇役を最小限に絞りながら、クオリティと加減にこだわり、ウニの味を最大限に生かしています。
おすすめのお飲みもの
おだやかな辛口白ワイン
銘柄/ソアヴェ・クラシコ
ワイナリー/ファルナーロ
生産地/イタリア北部ヴェネト州ソアヴェ村周辺
ぶどう種/ガルガーネガ100%
香りは、レモンやマスカット、青リンゴ、バナナ、マンゴーなど、フルーティなニュアンスが爽やかに香ります。
飲み口はスムーズで、のどごしが心地よく、味わいはおだやかな酸味、ふくよかなミネラルが広がる繊細な辛口です。
主張しすぎない味わいで魚料理とよく合い、ウニのスパゲッティの奥深い甘みを引き立てます。
⚫︎メイン
4.ベッカフィーコ
メニューについて
シチリア島で生まれた、ベッカフィーコと呼ばれる、イワシのオーブン焼き料理を、忠実に再現しました。
丸めたイワシのなかに、イワシの身のみじん切りや木の実が入っています。
⚫︎ベッカフィーコの由来
ベッカフィーコは、イタリア南部シチリア島の郷土料理が発祥とされる料理です。
ベッカフィーコのイタリア語の意味は、イチジクを好んでついばむ小鳥のことです。
シチリアの貴族が狩猟した小鳥を焼いて食べる料理を見た庶民が、大衆的なイワシを小鳥に見立て、真似したことが由来とされ、魚料理なのに小鳥の名がついています。
イワシの尖った尾ヒレは、小鳥のくちばし、イワシの丸めた身は、木の実をいっぱい食べた小鳥の腹に見立てられています。
調理
◆イワシの下ごしらえ
◆中に詰めるタネをつくる
◆タネを包む
◆オーブンで焼く
お召し上がり
◆夏の食欲を刺激する香ばしく焼けたイワシ
イワシの皮はパリッと焼け、振りかけたパン粉とともに香ばしさを増しています。
身は魚の風味や水分が程よくとび、旨みをしっかり感じます。なかの詰め物から出てくる干しブドウの甘酸っぱさや、松の実の香ばしさがアクセントになります。
オレンジの香り付けは、シチリアで多くとれる果物を取り入れたもので、郷土愛があります。
こうした地域色や土着感の濃さに、イタリア料理らしさを感じます。
5.イトヨリのサルティンボッカ
メニューについて
肉に生ハムを巻いて焼く料理、サルティンボッカを魚に置き換えてつくりました。
生ハムと合わせる肉は、仔牛など、繊細な味の肉と相性がよいことから、魚もイトヨリという繊細な味の白身魚を選びました。
⚫︎サルティンボッカの由来
サルティンボッカは、イタリア語で、直訳すると「口に飛び込む」という意味です。
味がついた生ハムで肉を包んでサッと焼き、短時間ですぐ調理できることが名称の由来になりました。
発祥地は定かでありませんが、現在はローマの名物料理のひとつとして有名です。
調理
◆イトヨリの下ごしらえ
◆サルティンボッカを組み立てる
◆サルティンボッカを焼く
◆仕上げる
お召し上がり
◆セージとレモンが香る爽やかな一品
生ハムをじっくり焼くと、香ばしさが加わり、塩気や旨み、コクが凝縮します。
生ハムの強めの味を、なかに包んだイトヨリの繊細な味わいがやさしく受け止めます。
ソースのしっとり感が生ハムとイトヨリのコントラストをまろやかにまとめ、セージとレモンの香りが、夏らしく爽やかな印象に仕上げます。
肉料理やデザートもあれこれ食べたいと思うときに、軽めの魚料理としておすすめです。
6.ホウボウのアクアパッツァ パッケリ入り
メニューについて
イタリアの煮魚料理の定番、アクアパッツァ。
今回は、大きな筒型パスタ、パッケリを入れ、煮汁の美味しさをたっぷり染みさせて味わいます。
⚫︎アクアパッツァの由来
アクアパッツァは、イタリア南部カンパニア州の郷土料理が発祥とされる煮魚料理です。
アクアパッツァの名は、直訳すると「風変わりな水」という意味です。
魚を水だけで煮込んでいるのに、なぜ美味しいのだろう、という思いが由来とされています。
実際には、水だけで煮込むのではなく、トマトやオリーブオイルも加えますが、魚や貝から出るダシが煮汁を美味しくすることを表現しています。
魚は切り身でもよいのですが、1尾まるごと使ったほうが頭や骨のまわりから旨みが出るため、フライパンやお皿にまるごと入るサイズの魚を選びます。
今回のようにホウボウを使うのは、イタリアでもポピュラーです。トマトを入れて甘みや酸味を加えるのが伝統です。
調理
◆ホウボウの下ごしらえ
◆パッケリを茹でる
◆ホウボウを煮込む
お召し上がり
◆旨みたっぷりの煮汁が美味
煮込んだホウボウは身がしっかりして、旨みが凝縮しています。
煮汁はホウボウやアサリ、トマトなどから染み出した旨みが集まり、重なり、深いコクがあります。
パッケリの生地は厚く、もっちりした歯ごたえで、たっぷり染みた煮汁の旨みを味わいます。
和食の鍋料理で、最後に麺を入れるように、煮汁の美味しさを二度味わうよろこびがあります。
⚫︎ドルチェ
7.塩キャラメルのセミフレッド
メニューについて
塩キャラメルは、フランスの菓子屋が発祥とされ、さまざまなお菓子に発展しました。
今回の「魚フェア」では、魚に縁が深い塩に注目して選びました。
夏らしく、イタリアのセミフレッドという製法で、塩キャラメル味のひんやりデザートに仕上げました。
土台に、イタリア北部ロンバルディア州の郷土菓子、ズブリゾローナを使い、アクセントに加えました。
⚫︎セミフレッドとは
セミフレッドは、イタリアの冷菓のジャンルの呼称で、製法に由来します。直訳すると「半分冷たい」という意味。
アイスクリームマシーンを使い、生地に空気を含ませながら凍らせてつくるアイスクリームに対し、アイスクリームマシーンを使わず、生地を冷凍庫で凍らせてつくる冷菓をセミフレッドと呼びます。
調理
◆土台のズブリゾローナを焼く
◆塩キャラメルの生地をつくる
◆塩キャラメルを冷やし固める
◆仕上げる
お召し上がり
◆シチリアの海塩でひきたつキャラメルの甘香ばしさ
塩キャラメルのセミフレッドの生地は、ひんやりとして、なめらかなくちどけ。キャラメルの甘香ばしさと、ミルキーなコクが広がります。
味の主役はあくまでも甘みです。甘みをひきたてるシチリア産の自然海塩は、ミネラルの旨みがたっぷりして、辛さは控えめです。
塩キャラメルの生地に使われている卵や乳製品は、砂糖のみならず、塩とも好相性で、甘みと塩味が共存する意外な面白さを仲介しています。
底に敷いたズブリゾローナのザクザクした食感と香ばしさが、絶妙に絡みます。
おすすめのお飲みもの
華やかな香りのデザートワイン
銘柄/モスカート・デッロ・ズッコ
ワイナリー/クズマーノ
生産地/イタリア南部シチリア島パレルモ県
ぶどう種/モスカート・ビアンコ100%
生産年/2012年
香りは、ハチミツやジャム、アカシア、バニラなどを想わせる、華やかなニュアンス。
味わいは、ボリューム感ある甘みに、ほのかな酸味が加わり、塩キャラメルの甘みや塩味をひきたてます。
塩キャラメルとデザートワインの黄金色は、夏の終わりのディナーを、夕陽のように印象深く締めくくります。
お盆が明けて、日が短くなったと感じたら、
夏が終わるまえに、
ラ・ビスボッチャの「魚フェア」で、
お楽しみください。