パルマ産生ハム

第45回 PROSCIUTTO DI PARMA

パルマ産生ハム

イタリアの食文化を代表する生ハム。

特にパルマ産のものは古代から美味で知られています。

ビスボッチャも定番で扱う本物の魅力を紹介します。

パルマ産生ハムの原木を切り分ける料理長・井上裕基

解説/料理長 井上裕基

写真・文/ライター織田城司
Commentary by Yuuki Inoue
Photo・Text by George Oda

1.生ハムとは

パルマ産生ハムと原木

◆食べる古代遺産

生ハムは紀元前4〜5世紀頃から生産をはじめたとされています。

紀元前1世紀頃の古代ローマ帝国の書物には、早くもパルマ産生ハムの美味しさが書かれています。

当時とほとんど変わらない味は、古代へとタイムスリップします。

ローマのコロッセオ

◆イタリア料理の象徴

生ハムの食材は、豚のモモ肉と塩だけです。

製法は非加熱で、空気のみで熟成させます。保存料や着色料は加えません。調理は生ハムを削るだけです。

自然の素材を生かし、シンプルに調理する、イタリア料理を象徴します。

生ハムのイタリア語「プロシュート」は「しっかり乾かした」という意味のラテン語が語源で、空気で熟成させるプロセスを表しています。

日本語の「生ハム」は直訳ではありませんが、プロシュートの成り立ちをよく表しています。

肉に加熱処理や食品添加物を加えた「生ではない」ハムは、保存期間が長く、コンパクトで使い勝手は良いけれど、味と香り、食感は生ハムのほうが格段に豊かです。

イタリアの食品売場の店頭に見る生ハムの原木

◆うまい生ハムは自然に近い

生ハムには、いくつかの流通形態があります。

① 骨付きの原木を熟成させたもの

② 熟成した原木から骨を抜いたもの

③ あらかじめ骨を抜いた原木を紐で縛って熟成させたもの

④ 熟成した原木から骨と皮を除き、スライスしやすいように小分けにしてから箱型にプレスし、真空でパックしたもの

⑤ ④をあらかじめスライスし、真空でパックしたもの

調理の手間は⑤に向かうほど少なくなります。味と香り、食感は①に向かうほど豊かになります。

ビスボッチャの生ハムは①の状態で取り寄せ、店内で骨を抜き、注文を受けてから削りたてを提供しています。イタリアで最も美味しいとされている調理法を忠実に再現しています。

フィレンツェで1886年に創業した老舗レストラン『ブカ・マリオ』の店内。客席と厨房の間で削りたての生ハムを皿に盛る料理人

2.パルマを訪ねて

パルマ産生ハムとマンゴー

◆なぜパルマで優れた熟成食品が生まれるのか

パルマはイタリア北部、エミリア・ロマーニャ州にあるパルマ県の県都です。

県下では、生ハムのほかにもパルミジャーノ・レッジャーノ、いわゆるパルメザンチーズも特産物になっています。

パルマが優れた熟成食品を生み出す背景は気候風土にあります。山からの冷たい風と、海からの暖かい風が熟成する食材に深いニュアンスをもたらします。

工場を他の地域に移しても、美味しい生ハムがつくれないことを、イタリア人は長い歴史の中で知っています。

私も試しに日本で生ハムづくりに挑戦したことがあります。しかし、結果はいまひとつでした。食材と製法がシンプルゆえに、気候風土で差がつく要素が大きく、あの味はパルマの空気そのものだと思いました。

パルマの生ハム工場『サン・ニコラ』の外観。渓谷の爽やかな風が工場を吹き抜ける(写真/サン・ニコラ社)

『サン・ニコラ』工場周辺。アッペンニーノ・トスコ=エミリアーノ国立公園の一角で風光明媚な山岳風景が広がる(写真/井上裕基)

◆爽やかな風が吹き抜ける生ハム工場

ビスボッチャでは、パルマ産の生ハムのなかでも『サン・ニコラ』社のものが美味しいと思ってセレクトしています。

1979年に創業した『サン・ニコラ』社は歴史は浅いながら、生ハムの熟成を左右する空気の質にこだわり、工場の立地を選んだユニークな存在です。

海抜600mの高原、なおかつ幹線道路の排気ガスから離れた山間部に工場を建てることで、きれいで乾燥した空気を確保しています。

こうした努力が、パルマのなかでも一味ちがう生ハムを生産する背景です。

『サン・ニコラ』入口の看板。素朴な生ハムのイラストにイタリアらしさを感じる(写真/堀江憲一)

◆究極のスローフードの仕込みを見学

2019年3月、パルマの『サン・ニコラ』社を訪ね、工場を見学しました。

材料の豚はポー川流域で飼育されています。餌は特別に規定されたブレンド穀物やシリアルなどが与えられ、自然に近い状態で健康に育てられています。

『サン・ニコラ』の工場には豚のモモ肉のみが届きます。それを生ハムに加工する工程は、古代から続くシンプルな手順と熟練工の丁寧な手仕事が継承されています。

入荷した15kgほどの豚のモモ肉の形を整える職人。余分な皮や脂肪を取り除き、丸く仕上げる(写真/井上裕基)

形を整えた豚のモモ肉は血抜きした後、塩漬けにする。塩はシチリア産海塩を使用。この後、2度目の塩漬け→2度目の血抜き→余分な塩の洗浄→乾燥へと進む(写真/堀江憲一)

豚のモモ肉と胴体の接合部に素手でラードを塗る職人。皮がついてない部分から中味が乾燥することを防ぐ工程(写真/堀江憲一)

外気を導入しながら熟成(写真/井上裕基)

生ハムを検品する当主。馬の骨でできた多孔質の黄色い串を生ハムに刺し、引き抜いた串についた香りを嗅ぎ、中味の熟成具合を確認する(写真/井上裕基)

美味しい生ハムの背景には、良質な空気と手間がかかることを実感しました。

ビスボッチャでは、『サン・ニコラ』社の生ハムのなかでも味と香りが濃厚な「24ヶ月熟成した骨付きの原木」を取り寄せています。

山から下りた街にあるパルマの特産物販売店。『サン・ニコラ』の生ハムも扱う。観光客や地元の人々が利用する(写真・井上裕基)

パルマ産生ハムとモッツァレラチーズ

3.生ハムの下処理

『サン・ニコラ』社から届いた生ハムの原木から骨を取り除く。最初にヒザの上の肉を切り落とす

◆とろける舌ざわりのために

生ハムは、とろける舌ざわりが肝心です。

『サン・ニコラ』社から届いた生ハムの原木は、ミートスライサーでスライスする直前に骨を抜き、しっとりした鮮度を保ちます。

ヒザの上の肉を切り落とした状態

胴体側の肉を切り落とす

胴体側の肉を切り落とした状態

保湿用のラードを削り落とす

余分な皮を切り取る

ヒザの面を上に向け、骨の上に切り込みを入れる

切り込みを入れながら骨の周りの肉を押し広げる。中心に見えているのは大腿骨(だいたいこつ)

大腿骨をヒザの頭まで露出させ、スネの骨から切り離す

生ハムの原木から抜いた大腿骨

皮を5㎝ほど切り取る。保湿のために全て切り取らず、肉が減るたびに5㎝ほど切り取る

ミートスライサーに設置できる状態。ラップで密封して冷蔵庫で保存

4.スライス

生ハムの原木をミートスライサーにセット。あらかじめ冷蔵庫から出し、室温に戻しておく

◆削りたてが食べごろ

生ハムの食べごろは、削りたてです。香りが高く、とろける食感と豊かな味わいがあります。

パルマの職人たちが原木に託した思いを、出来るだけ早くお客さまに提供できるように、客席に近い場所でスライスしています。

削りたては薄さゆえに、すぐ乾燥がはじまります。テーブルに並んだら、なるべく早くお召し上がりいただくことをおすすめします。

客席と厨房の間で生ハムをスライスする

生ハムの原木を固定するミートスライサーの金具。手動で前後にスライドさせる。ストライプ状の台座の下で電動回転する円盤型カッターで肉を削る

ミートスライサーの下から出てきた削りたての生ハム。しっとりして柔らかく、脂がのった光沢が見える

削りたての生ハムを盛り付け、素早く客席に提供

5.おすすめの食べ方

パルマ産生ハム

◆まず、そのまま食べてみよう

生ハムの熟成香、とろける舌ざわり、まろやかな塩味と旨味、ほのかな甘みは、多くの食材と合います。

でも、まずは、生ハムそのものの持ち味をじっくり味わっていただきたいと思います。

ワインは水で割らず、水と交互に飲むことでお互いがより美味しく感じます。生ハムに果物やチーズを合わせる場合も交互に食べ、美味しさの対比を楽しむことをおすすめします。

パルマ産生ハムと季節の果物(メロン)

パルマ産生ハムと季節の果物(マンゴー)

パルマ産生ハムとモッツァレラチーズ

パルマ産生ハムとブラータチーズ

パルマ産生ハムと自家製チャバッタ

パルマ産生ハムと自家製グリッシーニ

6.生ハムに合わせたいワイン

赤ワイン「テロルデコ・グラナート 2011 フォラドリ」

◆なめらかでフルーティーな赤ワイン

銘柄/テロルデコ・グラナート 2011 フォラドリ
ワイナリー/フォラドリ
生産地/イタリア北部トレンティーノ・アルト・アディジェ州
ぶどう種/テロルデコ100%
生産年/2011年

生ハムに合わせるワインは、肉料理に合わせるワインほど重たくなく、エレガントな味わいの赤ワインがおすすめです。

こちらのワインは、深いルビー色。香りはブルーベリーやブラックベリー、スパイス、ヒノキなどのニュアンス。口あたりは滑らかで、味わいはきめ細かいタンニンと上品な酸味を感じる中辛口。余韻は長く、エレガントです。

フルーティーな印象は生ハムの味とコントラストを成し、お互いを引き立てます。

赤ワイン「テロルデコ・グラナート 2011 フォラドリ」とパルマ産生ハム

今度のディナーは、

削りたてのパルマ産生ハムを前菜に、素敵なひと時をお過ごしください。