イベント・レポート:メーカーズ・ディナー「サン・ジョッべ農場」

伝統の牛肉を復興

ワインや食材の生産者さんをお招きして、ディナーに来店されるお客さまと交流していただくイベント「メーカーズ・ディナー」

11月28日()は、イタリアの伝統的な牛、キアニーナ種を使い、イタリア最高峰の牛肉の生産を復興した「サン・ジョッべ農場」の社長、アンドレア・ブルニャーロさんが来店されました。

ディナーに先立って行われた試食会とあわせて、イベントの模様を紹介します。

監修:料理長 井上裕基  写真・文:ライター 織田城司

ディナーの席に座るサン・ジョッべ農場のアンドレア・ブルニャーロ社長

1.キアニーナ牛とトスカーナ州

サン・ジョッべ農場とキアニーナ牛(公式写真より)

世界で最も大きく、古い牛

キアニーナ牛とは

キアニーナ(Chianina)牛は、イタリアの牛の品種のひとつで、この牛が生息するイタリア中部トスカーナ州のキアーナ渓谷(Val di Chiana)の地名が品種名の由来です。

前史時代の巌窟壁画にも描かれた大きな白い牛で、体高は2m近くになる、世界最大の種類です。

古代ローマ時代から神聖なものとされ、神事のパレードには欠かせない存在です。

現在は、イタリア最高峰の牛肉として知られ、その表記は、欧州連合統一の地理的表示保護認証(IGP)の対象として、厳しい規定のもとで管理されています。

サン・ジョッべ農場とキアニーナ牛(公式写真より)

肉質と味わい

脂肪が少ない赤身肉が中心で、柔らかく、肉汁がしっとりしています。

繊維質は程よい噛みごたえで、サウサク切れて心地よく、甘みや旨み、コクが豊かに広がります。

フィレンツェの街並み

フィレンツェ名物

キアーナ渓谷があるトスカーナ州の州都フィレンツェは、中世の頃から経済や文化が栄えました。

世界中から旅行客が訪れるイタリア屈指の観光地で、「ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ(フィレンツェ風ビーフステーキ)」がご当地グルメとして紹介されています。

Tボーンの炭火焼きのことで、ビステッカというイタリア語は、フィレンツェを訪れる英国貴族が、牛肉の炭火焼きのことをビーフステーキと呼ぶのを、イタリア人がよく聞き取れなくてできた、伊製英語だそうです。

ビステッカに使用する牛肉のなかでも、キアニーナは最高級のブランド牛としてメニューに表記されています。

2.サン・ジョッべ農場の沿革

サン・ジョッべ農場とキアニーナ牛(公式写真より)

本物へのこだわり

サン・ジョッべ農場は、イタリアの伝統的な牛、キアニーナ種の食肉生産を絶やさず、続けることを目的に、2014年に創業しました。

社長のアンドレア・ブルニャーロの父で、2015年からベネチア市長を務めるルイージ・ブルニャーロ(1961年生まれ)が、1997年に設立したUmana S.p.aを筆頭とする、企業グループに属する会社です。

本社やアンドレア社長の住まいはベネチアで、農場はトスカーナ州にあります。

近年、キアニーナ牛の特産地、トスカーナ州のキアーナ渓谷では、牧場主の高齢化などで、キアニーナ牛の飼育は減少傾向にありました。

そこで、アンドレア社長と父は、自分たちで本物のキアニーナ牛の飼育を復活させようと考え、荒廃した牧場の土地を買い、設備を整え、キアニーナ牛を集め、飼育を開始しました。

2017年から屠畜がはじまり、食肉の供給がスタート。日本への輸出は、2018年からはじまりました。

しかし、2020年から世界規模でコロナ禍が発生。あらゆる経済活動が停止するなかで、サン・ジョッべ農場は、キアニーナ牛の肉質の改良を重ねました。

2022年秋から、日本のコロナ感染対策の入国規制が緩和されると、販売促進活動を再開して来日。より柔らかく、美味しくなったキアニーナ牛の味をアピールしました。

3.生産の特徴

サン・ジョッべ農場とキアニーナ牛(公式写真より)

一括管理

2022年現在、サンジョッべ農場の面積は約800ha。そのうち100haは農業用水を蓄える溜池。530haは飼料用の植物を栽培しています。

キアニーナ牛に与える飼料を牧場内で栽培し、牛の繁殖、肥育、屠畜、精肉を自社で一括管理することで、品質管理の徹底と安全性を高めています。

一頭ずつ個別に配合を変えた飼料を与えることで、脂肪分が少ない赤身、柔らかい肉質、ほどよい繊維質、ジューシーな肉汁、旨みをしっかり感じる味わいに仕上げています。

現在キアニーナ牛は常時3000頭をキープするように飼育しています。このうち、生後18〜24ヶ月の牛を毎月、100〜120頭を屠畜し、食肉加工しています。

その輸出比率は30%でおよそ30頭。1位はドイツで、日本は数頭分だそうです。

4.親日の家系

在ミラノ日本領事館の雨宮総領事(左)から授与された勲章をつけるルイージ・ブルニャーロ・ベネチア市長(右)(在ミラノ日本領事館ホームページより)

 日本政府から勲章

アンドレア社長の父で、ベネチア市長・ルイージ・ブルニャーロは、日本政府から勲章を受章しました。

日本政府は2021年11月3日、令和3年秋の外国人叙勲受章者を発表し、ルイージ・ブルニャーロ・ベネチア市長が、日本・イタリアの地域間交流及び相互理解の促進に寄与した功績により、旭日小綬章を授与することを発表しました。

具体的には、ブルニャーロ市長は、2019年9月に約1週間開いた日本文化紹介事業「ベネチアにおけるジャパンウイーク」の成功に大きく寄与しました。

このほか、東日本大震災が発生した2011年の9月には、地元産業連盟の会長として自ら東京に赴くことで風評被害の払拭を図り、震災後の両国交流の再始動及び相互理解の促進に貢献しました。

また、日本の水素技術を高く評価し、産業技術分野での日伊交流の促進にも精力的に取り組んでいます。

ブルニャーロ市長への叙勲伝達式は2022年3月8日、在ミラノ日本総領事館の雨宮総領事が、ベネチア市庁舎を訪ねて行われました。

サン・ジョッべ農場の背景にある、政治経済の広がりを感じるエピソードです。

5.キアニーナ牛料理の試食会

ビスボッチャのメインダイニングに設営されたキナニーナ牛料理の試食会会場を最後方のアングルから。前方には炭火焼きグリルとスクリーン、時節柄クリスマスの装飾も見える

エンドユーザーに近い招待客

試食会の概要

キアニーナ牛料理の試食会は、メーカーズ・ディナーと同日の14:00〜16:00、ビスボッチャのメインダイニングで行われました。

主催は、サン・ジョッべ農場の日本輸入代理店を務める(株)佐勇。試食用のキアニーナ牛肉の提供、レストランと卸売業者の招待、司会などを手がけました。

キアニーナ牛料理のレシピ開発と解説、調理、給仕はビスボッチャが手がけました。

また、ビスボッチャは記事掲載で実績があるメンズファッション雑誌『LEON』と、タウン誌『東京カレンダー』を招待しました。

招待客は、エンドユーザーに近い業者が中心でした。

会場は、メインダイニングの炭火焼きグリル前で登壇者が語り、向かい合う形で、参加者が着席するスタイルでテーブルが設置されました。

前面に設置されたスクリーンでは、サン・ジョッべ農場の概要や生産を日本語で解説するスライドが投影され、口頭で説明が加えられました。

試食は、レストランのサービスと同じく、着席した参加者各自に、料理を盛り付けた皿の給仕が行われました。飲み物は酒類の提供はなく、ナチュラル・ミナラルウオーターのみです。

配布物として、(株)佐勇が制作したキアニーナ牛の説明や部位ごとの価格を表記したチラシ、ビスボッチャが制作したレシピ集などが提供されました。

前面の炭火焼きグリルとスクリーン

炭火焼きグリル前のテーブルに陳列されたキアニーナ牛の部位。手前は大きな塊の出荷も可能になったことを伝える見本。右がTボーンで左がLボーン

試食会のプログラム

①アンドレア社長の挨拶

・キアニーナ牛について

・サン・ジョッべ社のこだわり

・品質について

(スピーチの内容は前項に集約したため、ここでは割愛)

②使用部位の説明

③ビスボッチャ料理長・井上裕基によるレシピの説明

④試食

⑤質疑応答

会場に集まる参加者。配布物はキアニーナ牛のチラシやレシピ集など

挨拶とキアニーナ牛の説明をするアンドレア社長

列ごとに前面に出てキアニーナ牛の部位と、炭火焼きグリルの調理を撮影する参加者

前面に陳列されたキアニーナ牛の部位を撮影する参加者

炭火焼きグリルで焼かれる試食用のキアニーナ牛料理

試食メニュー

①キアニーナ牛ラグーのパッパルデッレ

(使用部位:ウチモモキャップ、シキンボ、ハバキ、トモサンカク)

試食会で提供されたキアニーナ牛ラグーのパッパルデッレ

②キアニーナ牛のサルシッチャ

(使用部位:シキンボ、トモサンカク)

③キアニーナ牛ハバキの炭火焼き、香草と柑橘のソース

(使用部位:ハバキ)

試食会で提供されたキアニーナのサルシッチャ(左)、キアニーナ牛ハバキの炭火焼き 香草と柑橘のソース(右)

④キアニーナ牛 ウチモモの炭火焼き

(使用部位:ウチモモキャップ)

試食会で提供されたキアニーナ牛ウチモモの炭火焼き

⑤キアニーナ牛 LTボーンの炭火焼き

(使用部位:LTボーン)

試食会で提供されたキアニーナ牛Tボーンの炭火焼きのフェレ(左)とサーロイン(右)

試食会は、アンドレア社長も着席して、参加者とともに、次々と提供される料理を試食されました。

参加者からの質疑応答では、

「炭火焼きグリルで炎を立ちのぼらせるために使っている油は?」という問い合わせに、ビスボッチャはオリーブオイルと答えました。

「フィレ肉の単品メニューも考えたいけれど、現状ではTボーンステーキ用のカットしかない」という意見に、アンドレア社長は「Tボーンはフィレンツェの観光客用に需要が多いカット。ご意見をいただき、今後はフィレ肉単品用のカットも検討したい」と答えました。

6.メーカーズ・ディナー

メーカーズ・ディナー「サン・ジュッべ農場」と「キアニーナ牛フェア」にあわせて入口に飾られたキアニーナ牛の額装

信じられないくらいイタリア

18:30から、ホテルに戻って休憩したアンドレア社長が再度来店し、メーカーズ・ディナーが行われました。

ビスボッチャのメーカーズ・ディナーは、セミナー形式ではなく、生産者さんがお客さまのテーブルをまわり、ご挨拶しながら、商品説明をしたり、質問を受けたり、記念撮影に応じながら、商品に親しんでいただくスタイルです。

アンドレア社長は(株)佐勇の社員と会食をする合間に、お客さまのテーブルをまわりました。

ビスボッチャでは、メーカーズ・ディナーが開かれた11月28日(月)から12月8日()まで「キアニーナ牛フェア」を開催しました。

毎日、各テーブルにキアニーナ牛のチラシを置いて、おすすめのお肉として紹介しました。

会食のワインを選ぶアンドレア社長(右)と(株)佐勇のダリオ・ルピさん(左)

アンドレア社長と会食する(株)佐勇の佐藤広志社長(右)と和里篤宜さん(左)

会食でアンドレア社長が注文した料理とワイン

前菜

サワラのカルパッチョ

・生ハム(年間定番)

・カプレーゼ(年間定番)

・ブラータチーズと焼きリンゴのサラダ(11月限定メニュー)

・サワラのカルパッチョ(11月限定メニュー)

白のスパークリングワイン

白のスパークリングワイン「プロセッコ DOC ミレジマート・ブリュット」生産者:マッツェイ・ヴィッラ・マルチェッロ(イタリア北部ヴェネト州)

パスタ&リゾット

キアニーナ牛ラグーのパッパルデッレ

・キアニーナ牛ラグーのパッパルデッレ(フェア限定メニュー)

・白トリュフのタヤリン(期間限定メニュー)

・パルミジャーノ・レッジャーノのリゾット(年間定番)

パルミジャーノ・レッジャーノのリゾットを大きなチーズの塊の中で混ぜて盛り付けるサービスは本国イタリアでも珍しいらしく、アンドレア社長(右)は動画で記録する

メイン

キアニーナ牛Tボーンの炭火焼き

・キアニーナ牛Tボーンの炭火焼き(フェア限定メニュー)

・キアニーナ牛ウチモモの炭火焼き(フェア限定メニュー)

付け合わせ

・ポルチーニ茸のソテー(期間限定メニュー)

・ローストポテト(年間定番)

赤ワイン

赤ワイン「ロゴノーヴォ」 生産者:ロゴノーヴォ(イタリア中部トスカーナ州)

デザート

ティラミス(年間定番)

食後酒 

食後酒「カッフォ・ベッキョ・アマーロ・デル・カポ」 生産者:カッフォ(イタリア南部カラブリア州)

キアニーナ牛を注文されたお客さまのテーブルをまわり、挨拶するアンドレア社長と通訳するダリオ・ルピさん

アンドレア社長へのインタビュー

ビスボッチャの印象は?

アンドレア社長「料理もワインも美味しい。信じられないくらいイタリアだ。イタリアにいるようだ」

農業の経歴は?

アンドレア社長「この仕事をするようになって農業が好きになりました」

来日は2018年に次いて2度目になります。日本の印象は?

アンドレア社長「イタリアより10年先の未来に来た気がする。出張の日程はいつも短いと感じているから、もっと長く日本に居て、いろんなものを見てみたい」

メーカーズ・ディナーで接したビスボッチャのお客さまの印象は?

アンドレア社長「キアニーナ牛のLボーンとTボーンを注文して食べていただいたお客さまは、みな顔が輝いて、嬉しそうでした」

アンドレア社長から「イタリアの印象は?」と逆質問され、「アンティーク、レトロ、スローライフに魅力を感じます」と答えました。

6.まとめ

会食後、グリル前でサン・ジョッべ農場のキアニーナ牛を持って記念撮影をする人々。左から副料理長・高部孝太、アンドレア社長、一人おいて、料理長・井上裕基

赤身肉の美味しさ

イタリアの食品やワインの生産者さんは、長く続けている老舗が多いなかで、若き社長が率いるサン・ジョッべ農場が、突如起業してきた背景が気になっていました。

今回、アンドレア社長へのインタビューで、ベネチア市長を務める父・ルイージさんの存在を知り、「イタリアの伝統文化を絶やしてはならない」という思いや、経済的背景がわかりました。

はじめて、フィレンツェでTボーンステーキを食べたとき、その美味しさに衝撃を受けました。 

それまで、日本で味わっていた牛肉料理、すき焼きやステーキなどは、濃いソースと味わう食べ方でした。

フィレンツェのステーキの味つけは塩とコショウだけ。濃いソースに依存せず、赤身肉そのものが持つ、濃い旨みをシンプルに味わう食べ方で、魅力を感じ、日本でも食べたいと思いました。

サン・ジョッべ農場のキアニーナ牛の復興で、その味を伝える日本のレストランとともに、赤身肉の美味しい食べ方が、もっと日本で広まればよいと思いました。