駐日欧州連合代表部は、2023年10月23日(月)、九段会館テラスで「日本市場におけるヨーロッパ産肉の可能性」をアピールするセミナーを業界関係者向けに開催しました。
ラ・ビスボッチャの井上裕基料理長が、ヨーロッパ産肉の料理を一般消費者に提供する飲食店の代表として登壇し、パネルディスカッションやレセプションでレクチャーしました。セミナーの模様をお伝えします。
監修/料理長・井上裕基
写真・文/ライター 織田城司
Supervised by Yuuki Inoue
Photo・Text by George Oda
1.セミナーの概要
セミナーの主催者:駐日欧州連合代表部
運営会社:SOPEXA JAPON(ソぺクサ・ジャポン)
セミナーのタイトル「EU Seminer and Networking Reception 日本市場におけるヨーロッパ産肉の可能性」
開催趣旨:駐日欧州連合代表部が、ヨーロッパ産肉の販売を促進するために、業界関係者を対象に、商品の価値をアピールするセミナー
場所:東京都千代田区「九段会館テラス」
開催日時:2023年10月23日(月)
14:00 開会挨拶
14:05 駐日欧州連合代表部からプレゼンテーション
14:25 業界の代表者によるパネルディスカッション
16:00 ヨーロッパ食材料理によるレセプション
18:00 閉会の挨拶
2.駐日欧州連合代表部からのプレゼンテーション
冒頭、駐日欧州連合代表部通商部の小林恵上席通商担当官が、ヨーロッパ産食肉の供給状況や、EUの地理的表示保護制度について説明しました。
◆ヨーロッパ産食肉の供給状況
現在EUは「パーフェクト・マッチ!キャンペーン」を実施中です。これは、ヨーロッパの食材の魅力と豊かさは、日本の食材や食生活とパーフェクトにマッチすることを訴求するキャンペーンです。
具体的には、成城石井などの食料品店の店頭で、ヨーロッパ食材フェアを展開する消費者向けイン・ストア・プロモーション、このような食品業界向けセミナーの開催、シェフやインフルエンサーが考案したヨーロッパと日本の食材を使用したレシピの紹介などがあります。
このようなキャンペーンで紹介しているヨーロッパの食材の特徴4点は、高い品質基準の順守による「品質」、何世紀にも渡る伝統に培われた「本物」、高い衛生管理による「安全性」、環境にやさしい農業の推進をシステム化した「持続可能性」です。
次に、EUと日本の貿易状況について、EUの農産食品貿易の上位輸出相手国は、1位英国、2位米国、3位中国、4位スイス、5位日本となっています。ヨーロッパ食材に大きな市場を持つ国や、人口の多い国と比較すると5位の日本は、非常に重要な市場と考えられています。
対日輸出農産食品の3大アイテムは、豚肉18%、たばこ・葉巻17%、ワインおよびワイン使用製品13%などです。
◆EUの地理的表示保護制度
EUでは2012年から品質認定制度を導入しています。定義された地理的区域で生産され、特定の品質や特性を持つ商品は、地理的表示をして、その名称を保護することで商品の付加価値を高める制度です。
原材料を生産する場所、それを加工する場所、それをパッキングする場所など、生産工程の全てが一定の地域で行われる場合は原産地呼称保護(PDO)の対象品として赤いマークが付けられる。生産工程の一部が一定の地域で行われる場合は、地理的表示保護(PGI)の対象品として青いマークを付けられる。
生産者のメリットとしては、マークが付くことで高い価格設定ができる。消費者のメリットとしては、マークが付いた商品は、品質が保証された商品であることがわかる。また、マークが付いた商品は、画一的な味ではなく、味に特徴や個味があり、広い選択肢が楽しめることが紹介されました。
3.業界の代表者によるパネルディスカッション
テーマ 「日本市場におけるヨーロッパ産肉の可能性」
◆パネリスト
株式会社協同インターナショナル 常務取締役 池田伸敏氏
(プロフィール)
2005年株式会社協同インターナショナル入社。同年宮崎県都城市にある国産ハムの製造メーカーである株式会社ジャンボンフーズの代表取締役となり、新規商品開発および新販路の開拓を担当する。
その後、本社食品部の部長を兼任し、2020年から神奈川県横浜市にある輸入生ハムとサラミのスライス加工専門工場の協同デリカ有限会社の代表を務めている。
欧州を中心として各国の畜産品および畜産加工品、特に生ハムとサラミといった非加熱食品の仕入、開発、製造の経験を有する。
近年はイタリアのオリーブオイルと沖縄のシークワーサーを融合した”エメラルド・オイル”といったグローバルな機能性食品の開発に注力している。
イノーバ・マーケット・インサイツ 日本カントリーマネージャー 田中良介氏
(プロフィール)
北海道大学卒業後、ドイツの自動車部品メーカーボッシュに入社。グローバル開発チームプロジェクトリーダーとして活躍。
その後、長野県内の農業法人で、語学力と海外営業力を生かし、青果とその加工品の販路を国内外で開拓。食品企業での開発と販売してきた経験もある。
現在は、世界の食品トレンドを読み解き、のそ知見を日本に伝え、企業の商品開発やマーケティング活動を支援。日本と世界をつなぐ架け橋となり、クライアント企業と一丸となって食産業の発展に貢献している。
イタリアンレストラン「ラ・ビスボッチャ」料理長 井上裕基氏
(プロフィール)
大阪辻調理師専門学校卒業後、東京・恵比寿のイタリアンレストラン「イル・ボッカローネ」に就職。3年間働いた後、2009年より、イタリア政府公認レストランとして名高い東京・広尾の「ラ・ビスボッチャ」に入店。
イタリアへの強い憧れからシェフを志し、2013年より料理長に就任する。イタリアをはじめヨーロッパから輸入した食材と、日本の食材を使ったイタリア料理を提供している。
◆モデレーター
日本食糧新聞社 月刊「食品新製品トレンド」編集長 武藤麻実子氏
ディスカッションの提言「付加価値をしっかりPR」
池田伸敏氏は、欧州産食肉の輸入状況を説明した上で、「牛肉や鶏肉などは、まだ日本市場で取り扱いが少ないが、欧州産食肉が持つストーリー性や付加価値を訴求していくことで、今後マーケット拡大の可能性がある」と強調しました。
田中良介氏は、日本市場において欧州産食肉のイメージは、まだ確立されていないことが課題とし「ヨーロッパの商品が持つプレミアム、高級感の訴求ポイントをしっかりPRし、価格競争に持ち込まないブランドイメージを確立していくことが重要」と指摘しました。
武藤麻実子氏はディスカッションを「EUの肉は、安全性や伝統性をアピールするのが大事というのが皆さまの結論だと思う。日本の消費者はもちろん、企業の方々もEUの基準を満たした加工品に対する知見をますます広げていただきたい」とまとめました。
ディスカッションの井上裕基料理長のコメント
武藤「井上シェフは、レストランで使用になるという点をふまえ、ヨーロッパ産の肉にどのようなことを望まれますか?
井上「私は、レストランで使用する立場としてはわかりますが、デパートなどで小売りされているものについては詳しくないので、それをご理解ください。弊店で使用している食肉の原産国は、アイルランドのビーフとラム、イタリアのビーフ、オーストラリアのビーフ、和牛です。
弊店は東京の広尾にあります。立地からお客さまの外国人比率が50%くらいで、インバウンドはほとんどなく、日本で生活されている外国人が多いと見ています。
少数のインバウンドのお客さまは、せっかく日本に来たのだからと、和牛をオーダーするケースが多いです。インバウンドではない日本在住の外国人は、赤身肉を好み、よくオーダーいただきます。
欧米の方は、日本人よりも肉を常食するためか、サシの少ない肉を好まれます。やはり赤身肉はヨーロッパが多いので、弊店でもオーダーが多い商材になっています」
武藤「井上さんのお店のお客さまは、50%が日本で暮らしている外国人。残りの50%の日本人がお肉に望むことの変化はありますか?」
井上「日本人のお客さまでも2010年頃から赤身肉ブームが続いています。それにプラスアルファで、サスティナブルや、グラスフェッドなどの付加価値が加わる傾向にあります。プラスアルファの赤身肉を求めて、産地や飼育法を尋ねるお客さまが増えている印象です」
武藤「そうなのですね。日本人の肉に対する評価が、ただ単に美味しい、口の中でとろける、だけではない要素の評価が高まっている実感はありますか?」
井上「2010年以前は、お客さまにグラスフェッドといっても理解されなくて、セールストークにならない印象でしたが、近年は、ヨーロッパの生産農家さんの技術が向上しているのか、グラスフェッドの肉がすごく美味しくなっている。グラスフェッドという単語で説明すると喜ばれ、オーダーの最終確定になる単語になっています」
武藤「なるほど。では、日本のお客さまにEUの肉の価値が十分伝われば、大きな流れも変わる可能性があると思いますか?」
井上「あります。ただ、現場は忙しいので、EUの肉の価値を、ホームページやSNSを使って、事前にお客さまに伝えています。来店されたお客さまに肉の価値を説明していると、文字量が多くなってしまうので、お客さまが媒体を見て、読んで、それを食べたいと思ってから来店していただける形にしています」
武藤「なるほど。井上さんのお店では、お客さまはいろいろな情報を得てからEUの肉を選ぶ流れができているわけですね」
井上「そうです。すごくできていると思います。現状では」
武藤「そういうお話をうかがうと、一般のお客さまにも、肉に対する価値観のちがいが、少しずつ現れている気がします」
4.ヨーロッパ食材料理によるレセプション
セミナーの後は、施設内の別会場で、立食パーティーによるレセプションが開かれました。
料理やワインは、ヨーロッパ産の材料を使ったものが、試食を兼ねて提供されました。
井上裕基料理長は、乾杯の挨拶の前に、自身がレシピを提案した2メニューを解説するスピーチを行いました。以下がスピーチの内容です。
井上裕基料理長によるメニュー紹介
◆キアニーナ牛ラグーのラグーを使ったラザニア
ラ・ビスボッチャの料理長の井上と申します。
今日はキアニーナ牛のラグーを使ったラザニアを用意しました。
トスカーナで飼育されているキアニーナ牛は、世界最大級の牛で、純白の姿から、古代ローマ時代から神聖な牛として祭礼の出し物に使われてきました。現在では、繁殖が難しく、頭数も少なく、希少な牛になります。
トスカーナのフィレンツェの名物料理であるビステッカ・アラ・フィオレンティーナも、このキアニーナ牛を使った炭火焼きで、よく提供されるものです。
今日はそのキアニーナ牛のラグーを使ったラザニアを用意しました。
◆アイルランド産ラムチョップの猟師風
イタリアのローマの郷土料理である、ラムの猟師風をEU加工の食材を使って料理しました。
ヨーロッパのラム、特にアイルランドのラムは、柔らかい食感と、栄養価の高さで有名です。
500年以上に渡る牧羊による、サスティナブルな畜産が発達しており、高品質なラムを生産しています。
古代ローマは、EU各国にとどまらず、世界中の国と交易があり、本来イタリアになかった食材をイタリアに持ってきて、古代から食のグローバル都市になっていました。
このような背景をイメージして、EU各国の食材を集め、アイルランド産のラムチョップを使って、レシピを制作させていただきました。ぜひ、お味見ください。
5.まとめ
日本で食肉の習慣が本格化したのは明治以降で、150余年と歴史が浅い。その間、伝統あるヨーロッパの食肉文化が正しく伝わらず、すき焼きやしゃぶしゃぶなど、独自の食肉文化を形成してきました。
そこに、アメリカ風のステーキや、韓国風の焼肉などが加わります。いずれもタレやソースで味をつけて食べる食肉スタイルです。
一方、ヨーロッパの食肉は、赤身肉に感じる肉そのものの旨みの美味しさを、シンプルな塩コショウで味わうスタイルです。
こうした、ヨーロッパの食肉スタイルの美味しさは、一度味わえば、日本人にも好評で、リピートにつながり、日本独自の食肉文化と共存し、楽しみの選択肢を広げることが、ビスボッチャに来店されるお客さまの間でも理解されてきました。
しかし、一般的には、まだ少数派です。このようなセミナーや店頭のイベントを通じて、美味しさを伝え続けていくことが大切だと感じました。