第20回 TRIPPA E LAMPREDOTTO IN ZIMINO
トリッパとギアラとほうれん草のトマト煮込み
今回は、温前菜の年間定番から、旨味たっぷりのイタリア風モツ煮込み、「トリッパとギアラとほうれん草のトマト煮込み」を紹介します。
トリッパとギアラとほうれん草のトマト煮込み
煮込みにダシを加える料理長・井上裕基
解説/料理長 井上裕基
写真・文・エッセイ/ライター織田城司
Commentary by Yuuki Inoue
Photo・Text・Essay by George Oda
メニューについて
フィレンツェの街並み
◆モツ煮込み好きの民族
「イタリアにもモツ煮込みがあるの?」と、思われる方もいるのでは。
イタリアでは古代より、王侯貴族の華やかな食卓の陰で、庶民はモツを食べようと工夫を重ねました。そのひとつが煮込み料理です。
フィレンツェは、近郊の牧場を背景に、新鮮なモツが多く出回ることから、モツ煮込みが名物料理になりました。
なかでもユニークなのは、モツ煮込みサンド。ハンバーガーのように、丸いパンを半分に切ってモツ煮込みをはさんだものです。ストリートフードとして、あちこちに専門店や屋台があります。
フィレンツェ店頭のモツ煮込み表記
そんな店頭で目につくのは、日本語の「モツ煮込み」表記です。イタリア人は、日本人もモツ煮込みを食べることを知ると、日本人に綴りを教わり、店頭に掲げました。
観光立国イタリアのサービス精神を感じるとともに、日本人が、よほどモツ煮込みが好きな民族と思われているようで、面白さを感じます。
フィレンツェの店頭のモツ煮表記
調理
モツの材料
当店で「トリッパとギアラとほうれん草のトマト煮込み」に使っているモツ2種の概略を、次の表にまとめました。
フィレンツェ店頭のトリッパ
◆本場フィレンツェ直伝の味
当店では、イタリア風モツ煮込みの中でも、フィレンツェの調理法を再現しています。
1993年の開業当時はトリッパの煮込みを展開していました。2009年にフィレンツェの内臓料理店「イル・マガッツィーノ(IL MAGAZZINO)」のシェフを招いて、ギアラの調理法を技術指導していただくと、それまでのトリッパの煮込みにギアラを加え、現在に至っています。
味付けの特徴は豚肉を使うことです。豚肉の香ばしい風味や甘味、旨味、コクなどがモツ煮込みをより美味しく、濃厚なものにしています。
下ごしらえ
◆ギアラを洗う
ギアラを流水にさらし、表面のヌメリを洗い落とす
ギアラを軽く湯通しする
ギアラを湯通しすると、表面に残ったヌメリのタンパク質が白く凝固する
湯通ししたギアラを流しのザルに入れる
再びギアラを流水にさらし、湯通しで凝固したヌメリをきれいに洗い流す
◆モツを下茹でする
ギアラを香味野菜とともに約60分下茹でする。モツのアクや余分な風味を取り除く
香味野菜はニンジン、セロリ、タマネギを使用
岩塩を入れ、下味をつける
トリッパを下茹でするため、鍋に入れる
トリッパを香味野菜とともに約90分下茹でする。モツのアクや余分な風味を取り除く
岩塩を入れ、下味をつける
◆豚肉をカットする
モツと一緒に煮込む豚のホホ肉。グアンチャーレと呼ばれる塩漬け熟成品で、イタリア中部の豚肉加工品の特産地、ノルチャにあるレンツィーニ社のものを使用。
グアンチャーレの断面。豚のホホ肉を塩コショウ、ニンニクなどで14日間味付けして、その後30日かけて乾燥熟成させたもの。高原の気候が熟成に適し、香りが高いことが特徴
グアンチャーレは香りが高く、脂身が多いことから、ベーコンのように、みじん切りにして炒め物や煮物の味付けに使う
モツと一緒に煮込む豚の骨付ロース。肉の風味と旨味が豊かで、脂肪の甘さとまろやかな味わいが特徴の松坂ポークを使用
ロースの骨を外す
ロースをみじん切りにする
ロースをみじん切りにする
◆下茹でしたモツをカットする
下茹でしたトリッパをカットする
下茹でしたギアラをカットする。とろける食感を楽しむため、トリッパより大きめに切る
煮込む
豚のホホ肉(左)と豚のロース(右)のみじん切りを鍋底で炒める
油は使わず、豚肉から引き出した脂分で炒める。豚肉を鍋底に押し付け、コゲを付け、煮込みのコクにする
香味野菜のみじん切りを入れる
香味野菜から自然に出る水分で鍋底のコゲを浮かす
トリッパを入れる
ギアラを入れる
トマトペーストを入れる
トマトペーストは、完熟トマトを裏ごしして約2倍に濃縮したもの。自然のコクとまろやかな味わいが特徴のイタリア製モンテベッロ・ブランドを使用
白ワインを入れ、アルコール分をとばす
ダシ汁を入れる
ダシ汁は、モツの下茹汁を網でこしたもの
モツの下茹汁には、香味野菜の皮のダシも入っている
モツの下茹汁には、骨付ロースから外した豚骨のダシも入っている
煮込み汁を軽く混ぜ、約60分かけて煮込む
仕上げ
◆ほうれん草を加える
モツと一緒に煮込むほうれん草。他のメニューでも使うことから、毎日新鮮なものを20束ほど仕入れる。加熱すると、すぐ溶けることから、しっかり育った硬めのものを選んでいる
流水でほうれん草を洗う
ほうれん草をカットする
煮込み鍋にほうれん草を入れる
ほうれん草を入れ、5分ほど煮込むと煮込みが完了
◆香料をふりかける
モツ煮込みを器に盛り付ける
黒コショウをふりかける
エキストラバージン・オリーブオイルをふりかけて出来上がり
お召しあがり
トリッパとギアラとほうれん草のトマト煮込み
◆甘くとろけて、旨味いっぱい
出来上がった煮込みは、野菜スープの風味が漂います。香味野菜と豚肉のダシがまろやかにミックスして、いかにも洋食らしい香りです。
その香味野菜と豚肉は、ほとんど姿をとどめていません。煮汁の中に溶け込んで、甘味や旨味の素になっています。
トリッパとギアラとほうれん草のトマト煮込み(部分)
ギアラはナイフでスッと切れるやわらかさです。とろける舌触りの中に、甘味と旨味、コクを感じます。
トリッパはやわらかさの中に、キメ細かい繊維がシャキシャキ切れる歯ごたえがあり、ギアラとの対比を楽しみます。
いずれも、お肉とはちがう、モツ独特のやわらかい食感と甘味があります。トロトロになったほうれん草を巻いて食べると、より甘味が増して、美味しくいただけます。
トリッパとギアラとほうれん草のトマト煮込み。パンとともに
お飲み物
赤ワイン「ロッソ・ディ・モンタルチーノ・コンティ・コスタンティ」
◆モツの旨味を引き立てる、さっぱりした酸味の赤ワイン
銘柄/ロッソ・ディ・モンタルチーノ・コンティ・コスタンティ
ワイナリー/コンティ・コスタンティ
生産地/イタリア中部トスカーナ州
ぶどう種/サンジョベーゼ・グロッソ100%
生産年/2015年
16世紀に創業した老舗ワイナリーが手がける、伝統的な赤ワインのバランスがありながら、軽い飲み口のシリーズです。
ルビーのような輝く赤い色とフルーツの香り、エレガントな旨味、余韻にアロマを感じ、前菜やパスタとよく合います。
イタリア風モツ煮込みの旨味を、さっぱりした酸味で引き立てます。
ラ・ビスボッチャ店内
エッセイ:食のこぼれ話『新鮮なほうれん草』
パリの街並み
◆華やかな舞台の光と陰
イタリア映画『はじまりは5つ星ホテル』(2103年作)は、世界の5つ星ホテルをめぐる物語です。
はじまりはパリのホテル。シックな装いの女性はチェックアウトを済ませると、黙ってコンセルジュに名刺を差し出す。それを見たコンセルジュは青ざめ、慌てて支配人に電話をする。「支配人、ミステリーゲストです」
女性は宿泊客を装ってホテルのサービスを内偵する覆面調査員でした。
調査員のチェックはホテルの玄関から始まります。
・コンセルジュはお客様の目を見て話していたか
・笑顔か
・お客様の名前を確かめて歓迎の言葉を述べたか
・手続きの待ち時間は2分以内だったか
・制服は清潔でアイロンがかかっていたか
・靴は制服に見合っていたか
・ロビーや客室に漂う香りは、そのホテルならではの特別なものだったか
このほか、数十項目に及ぶサービスの評価を、ノートパソコンのチェックリストに記録します。調査員は支配人に採点結果を報告して、格下げする場合は、その理由を詳しく説明します。
ローマの街並み
調査員の女性の設定は40歳独身。出張からローマのアパートに帰宅すると、広い室内には、最小限の家具しかなく、殺風景な空間が広がっていました。
やがて調査員は、ほとんど空の冷蔵庫から、冷凍ほうれん草を取り出すと、お湯を沸かした鍋にボチャンと入れる。夕食はそれだけでした。
華やかな舞台で働く人々の光と陰を、冷凍ほうれん草で見事に描きました。
新鮮なほうれん草の美味しさをよろこぶ、イタリア人らしいスパイスでした。
ラ・ビスボッチャ店内
いつもご利用いただき、誠にありがとうございます。
今宵も、ラ・ビスボッチャのディナーで、楽しいひとときをお過ごしください。