第52回 CARPACCIO DI P.SPADA AFFUMICATO
カジキマグロの燻製カルパッチョ
香り高く、旨みが濃縮
1993年の創業当時から続ける人気の年間定番メニュー、
「カジキマグロの燻製カルパッチョ」の魅力を解説します。
燻製用の鉄鍋をボウルで覆う料理長・井上裕基
解説/料理長 井上裕基
写真・文/ライター織田城司
Commentary by Yuuki Inoue
Photo・Text by George Oda
1.メニューについて
フィレンツェの街並み
◆カルパッチョの広がり
カルパッチョは、ヴェネツィアの名店「ハリーズ・バー」が、生の牛フィレ肉の薄切り料理を創作し、赤の色づかいが有名だったルネサンス期の画家カルパッチョの名を引用して名づけたのがはじまりです。
各地に広まるにつれ、さまざまな工夫が加えられ、多様なカルパッチョがつくられるようになりました。
今では、肉や魚を生のまま薄く切り、皿に平たく盛り付けた料理は、すべてカルパッチョと呼ばれるようになりました。
◆カジキマグロを3日間かけて仕込む
しかし、ビスボッチャが創業した1993年は、本格的なイタリア料理のブームがはじまったばかりで、まだ日本風の生魚を使ったカルパッチョは広まっていませんでした。
イタリアでは、長い歴史の中で魚を生で食べる習慣はほとんどありませんでした。その背景としては、海からの他民族の侵略を避けるため内陸に住み、肉食が主流になった、などの諸説があります。
その一方で、魚を加工して保存する技術が発達しました。冷蔵庫がある現代では、古典的な食品保存法を使う必要は無くなりましたが、保存食ならではの味を楽しむようになりました。
ビスボッチャの創業当時、イタリア人シェフから伝授された魚のカルパッチョは、生魚ではなく、燻製をベースにした、古典的な保存法でした。
このため、カジキマグロを3日間かけて仕込んでから、薄切りにします。今では、本国イタリアでも少なくなった手間ひまかけた仕込みです。
こうしてできたカジキマグロのカルパッチョは、香りが高く、旨みが濃縮して、生魚とはちがった味わいがあります。
カジキマグロの燻製カルパッチョ
2.調理
1日目
◆カジキマグロの下ごしらえ
カジキマグロの皮を取り除く
カジキマグロは国産を使用
下味に使う塩コショウの分量を決めるため、全体の重さを計る
血合いを取り除いた後、小分けにする。小分けは余分な水分を引き出し、味と燻製香の浸透に効果がある
血管を取り除いて下ごしらえが完了
◆下味を付け、余分な水分を引き出す
カジキマグロの下味付けと水分の吸収に使う岩塩を計量する。余分な水分を吸収することで身を引き締め、生臭さみをとり、旨みを濃縮する
岩塩はメキシコ産を使用
下味付けに使う黒コショウを布の上に置く
黒コショウはコショウ産地の最高峰、カンボジアで日本人が手がける「クラタペッパー」のものを使用。香りは柑橘系のフルーティーなニュアンスに木材系のリラックス感が加わり、爽やかな辛さがある
黒コショウを布で覆い、ミートハンマーで叩き、大粒に砕く
大粒に砕いた黒コショウ
砕いた黒コショウを岩塩の入ったボウルに加える
岩塩と黒コショウを混ぜ合わせる
カジキマグロに岩塩と黒コショウをまぶす
カジキマグロに岩塩と黒コショウをまぶした状態
岩塩と黒コショウをまぶしたカジキマグロをラップで覆う
冷蔵庫で12時間保存し、下味付けと水分の吸収を行う
2日目
◆表面を乾燥させる
下味を付けて12時間経過したカジキマグロ。バットの底に引き出された水分が溜まっているのがわかる
カジキマグロを洗い、塩・コショウと引き出した水分を落とす
カジキマグロに付着した水分を布で吸収する
燻製で香りが付きやすいように、カジキマグロの表面を適度に乾燥させるため、脱水シートで包み、再度水分を吸収する
脱水シートは国産のオカモト株式会社製「ピチット」を使用
脱水シートで包んだ状態
冷蔵庫で24時間保存し、水分を吸収する
3日目
◆燻製とマリネ
脱水シートで24時間吸水したカジキマグロ。シートが水分を含んでいるのがわかる
シートを取り除く
シートを取り除いたカジキマグロ。表面の水分が軽減している
カジキマグロを燻製するために金網に乗せる
燻製は鉄鍋をコンロの火で加熱して行う。アルミホイルを敷き、スモークチップを散りばめる
スモークチップは国産のサクラ材を使用
砂糖を加える。スモークチップに火が均等につき、香りを高める効果がある
スモークチップを加熱し、香ばしい煙を発生させる
金網にのせたカジキマグロをトングで燻製用の鉄鍋に入れる
燻製用の鉄鍋をボウルで覆い、煙を充満させる
カジキマグロに燻製香がつくのを待つ
カジキマグロを反転させるため、一時的にボウルを取り除く
反転させたカジキマグロ。しっかり燻製した面が上を向く
再度ボウルで覆い、反対側も燻製する
燻製が完了したカジキマグロを器具ごと氷水で冷やす
燻製が完了したカジキマグロ。表面にまんべんなく燻製の色がついている
燻製したてのカジキマグロは渋みと酸味があり、それをマイルドにするためマリネする。保存効果も高くなる
ポッドにオリーブオイルを入れ、冷蔵庫で24時間保存し、マリネする
4日目
◆レモンドレッシングをつくる
レモンを絞る。レモンは国産を使用
絞ったレモン汁を網でこす
レモン汁を計量しながら、塩を加える
塩はイタリア南部シチリア島産の自然海塩「エガディ」の細粒を使用。辛さはマイルドで旨みがたっぷりしている
レモン汁と塩を混ぜる
エキストラヴァージン・オリーブオイルを加える
エキストラヴァージン・オリーブオイルはイタリア南部の特産地プーリア州にある「ディサンティ」社のものを使用。オリーブの青々しい香りに優れ、爽やかな辛みがある。缶から瓶に詰め替え、厨房やテーブルで使用
レモン汁とエキストラヴァージン・オリーブオイルを混ぜ合わせてレモンドレッシングが完成
◆盛り付ける
マリネしたカジキマグロをバットから取り出す
カジキマグロを食べやすい大きさにカットする
皿にルッコラを敷き、レモンドレッシングをふりかける。ルッコラは国産を使用
カットしたカジキマグロを盛り付け、エキストラヴァージン・オリーブオイルをふりかけて出来上がり
3.お召し上がり
カジキマグロの燻製カルパッチョ
◆香りが高く、旨みが濃縮
燻製したカジキマグロの風味は香ばしく、焚き火や檜風呂のような芳香を感じます。
下に敷いたルッコラのゴマのような風味が相乗効果になり、香ばしさが増します。
レモンドレッシングやオリーブオイルの爽やかな香りが、香ばしさを引き立てます。
カジキマグロの燻製カルパッチョ
カジキマグロの身は引き締まり、しっかりした歯ごたえがあります。
味わいは濃縮された旨みが中心で、甘みや塩味が程よく加わります。
海産物でありながら、燻製することで山風の要素が加わり、野菜とよく合う妙味に、イタリアの伝統を感じます。
カジキマグロの燻製カルパッチョ
4.おすすめのワイン
白ワイン「ソーヴィニヨン ペーリ」
カジキマグロの旨みに、フルーティーな白ワイン
銘柄/ソーヴィニヨン ペーリ
ワイナリー/ロンコ・デル・ニエミツ社
生産地/イタリア北部フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州
ぶどう種/ソーヴィニヨン100%
生産年/2017年
香りは黄桃やオレンジなどのフルーティーなニュアンスにハーブやスパイス、樽香の要素が加わります。
味わいは、どっしりとした酸味に、焼き栗を思わせる甘いニュアンスがあります。
カジキマグロの燻製香と濃縮された旨みを引き立てます。
白ワイン「ソーヴィニヨン ペーリ」と「カジキマグロの燻製カルパッチョ」
今度のディナーの前菜は、
カジキマグロの燻製カルパッチョでお楽しみください。
ラ・ビスボッチャ店内