第17回 SAGRA DEL CINGHIALE 2018
イノシシの旬を味わう
春先はイノシシの旬です。発情期が近く、エネルギーが充実して、肉が一年で一番美味しくなるからです。ラ・ビスボッチャでは毎年この時期、イノシシの肉を使った料理を集めてイノシシ・フェアを開催しています。
2018年のイノシシ・フェアは、
1月22日(月)〜2月1日(木)に開催。季節限定イノシシ・メニュー3品が登場します。
1. パスタ/イノシシのラグーのパッパルデッレ
2. 肉料理/イノシシのソーセージの炭火焼き
3. 肉料理/イノシシの骨付ロースの炭火焼き
旬なイノシシの野性味あふれる味をご堪能ください。料理の詳細は次項で解説します。
イノシシの肉に限りがあり、無くなり次第終了となることがあります。あらかじめご了承ください。
解説/料理長 井上裕基・副料理長 露詰まみ
写真・文・エッセイ/ライター織田城司
Commentary by Yuuki Inoue & Mami Tsuyuzume
Photo・Text・Essay by George Oda
イタリアのイノシシ料理
革製品の露天商が並ぶ、トスカーナ地方フィレンツェの街 。
ここは、中世の頃より革製品の職人街として栄え、グッチやフェラガモなど、世界的に有名なブランドも生まれました。
革細工が発達した背景は、素材となる動物を育む自然環境に恵まれていたことが大きな要因です。
こうしたトスカーナ地方の自然環境は食文化にも影響を与え、山の幸を使った料理が郷土料理となりました。牧畜された牛や豚の定番料理に加え、狩猟によって捕獲された野生の鳥獣を使った料理、いわゆるジビエ料理も名物として知られています。
特にイノシシを使った料理は濃い味と高い栄養価で人気があります。イノシシの剥製を飾る食材店や飲食店も多く見られます。そんな背景からイノシシはトスカーナ地方の人々の暮らしや観光に欠かせない守護神とされています。
イノシシの肉をさばく
イノシシの本場トスカーナ直伝の調理法
当店はイタリア料理の中でも、トスカーナ地方の郷土料理を中心にメニューを組んでいます。名物のイノシシ料理にも以前から取り組んできました。
2008年にはトスカーナ地方の町、カスタニュート・カルドゥッチから郷土料理店「イル・ヴェッキオ・フラントイオ(IL VECCHIO FRANTOIO)」の猟師や女性シェフを招聘してトスカーナ料理のフェアを開催しました。
イノシシの肉のさばき方や調理はその時イタリア人から教わった方法を今も続けています。
イノシシの肉は半身で仕入れ、自店でさばいています。今年のフェア用のイノシシは鳥取県から取り寄せました。
肉は部位ごとに切り分けた後、骨や筋、脂を取り除き、すぐに調理できる状態にして、冷蔵庫で保存します。
1.イノシシのラグーのパッパルデッレ
メニューについて
幅広のパッパルデッレはトスカーナ地方の郷土パスタ。大きめの粗挽き肉を使った煮込みソースと合わせるのが定番的な料理法です。イノシシの肉が入手できた時は、季節の風物詩として楽しみます。
ソースの隠し味にチョコレートを使うのがトスカーナ風。これは中世の頃、この地を統治していたメディチ家が大航海で伝来した貴重なカカオをイノシシの煮込みソースに使ったことに由来するそうです。
調理
◆パッパルデッレを作る
◆ソースを作る
◆パッパルデッレとソースと和える
お召しあがり
パッパルデッレとラグーの挽肉の大きさは圧倒的な存在感で、食欲をそそります。口にふくむと、挽肉のしっかりした弾力に驚きます。
ラグーの味は様々な食材がじっくり煮込まれ、全体的にマイルドな印象。甘みと旨味が充実して、挽肉を噛みしめるとイノシシらしいコクのある肉汁がしみ出してきます。
ラグーはフォークとナイフを使い、パッパルデッレで丸め込むように口に運ぶと食べやすく、より美味しく感じられます。
豪快なパッパルデッレから感じる卵や小麦の豊かな風味と、ラグーの相性を堪能するうちに、つい食べ進んでしまいます。
エッセイ:食のこぼれ話『猪とサムライ』
江戸末期、雪のちらつく晩、八丁堀の組屋敷から見回りに出た役人は、不審な看板を掲げる料理屋を見つけ、店主を問い詰めた。
役人「何だ?この『山くじら』という看板は!」
店主「へぇ、実は猪の肉を使った料理のことで…」
役人「獣の肉を食べることは、ご法度のはずだが」
店主「これがなかなかの美味で。お役人様なら、今日は試食ということで、ご奉仕します」
役人「そちも悪よのう。びすぼっちゃ」
そんな情景が思い浮かぶ、歌川広重の浮世絵です。広重はこの浮世絵を江戸末期の1858(安政5)年に手がけました。びくに橋とは、今の銀座1丁目に当時あった橋です。
周りは武家屋敷の多い一等地。そんな所で、食べてはいけないとされていた猪肉の料理を扱っても大丈夫だったのでしょうか。実は、役人も庶民と一緒に猪料理を食べていたのです。主な料理法は鍋でした。
でも、大っぴらに「イノシシ・フェア」と表示すると、当時のご時勢では何かと不都合があり、猪の隠語「山くじら」を看板に使っていたのです。
役人と庶民が猪料理を食べる大義名分は「薬」でした。栄養価の高い猪の肉は「滋養強壮に効く」と食通の間で評判になったため「体調がすぐれない時の治療」として正当化したのです。封建制度の裏には、役人と庶民が助け合う「和楽」の暮らし方もあったのです。
イタリアにも共通点があり、よほどの王族でない限り、貴族と庶民は同じような料理とパンを食べていました。海や山の幸を素朴な料理法でいただくことの美味しさに、階級のちがいはありませんでした。そして、猪の美味しさにも、昔から注目していたのです。
そんな時代感と文化を切り取った広重の浮世絵は、今も見ごたえがあり、私たちを猪料理へと誘います。
2.イノシシのソーセージの炭火焼き
メニューについて
イタリアのソーセージはメインの料理用に加工された大きなものが特徴。当店も直径35㎜の極太タイプを、豊かな風味と柔らかい食感、程よく脂分のある生ソーセージの調理法にこだわり、自家製で手がけています。細部はトスカーナ地方特有の大きめの粗挽き肉とニンニクを入れる調理法を再現しています。
イノシシ版のソーセージに使う挽肉は、イノシシのモモ肉とウデ肉、バラ肉を中心に構成。普通の豚のバラ肉を加え、バランスを取ります。
調理
お召しあがり
オリーブオイルの爽やかで青っぽい風味が、炭火でカリッと焼きあがったソーセージの香ばしさを引き立てます。
ソーセージをナイフとフォークで切ろうとすると、しっかりした強い弾力を感じます。口に含むと挽肉がボロボロ崩れ、肉の細切れを粗っぽく束ねたという印象。フィレンツェ風生ソーセージの醍醐味を感じます。
炭火で溶けた挽肉の脂は、手詰めで間隔が広く空いた挽肉の間を縦横無尽にかけめぐり、様々な挽肉の持ち味や香辛料をミックスしながら加熱します。
焼きあがる頃、脂は程よくしたたり落ち、挽肉からしみ出す肉汁はさっぱりして、肉の甘みと塩味、旨味、イノシシらしいコクを引き立てます。
3.イノシシの骨付ロースの炭火焼き
メニューについて
イノシシの骨付ロースを豪快な炭火焼きで提供するメニュー。骨付肉特有の多彩な食感と味わいがお楽しみいただけます。
肉は焼き上げた時に、程よい風味と柔らかさになるように、あらかじめマリネします。
調理
お召しあがり
焼きあがったイノシシの肉は、これが豚の一種か、と思う濃い味わいがあります。
野性味ある風味は炭火と調和して、香ばしさを増しています。引き締まった肉質は、弾性ある歯ごたえで、噛みしめると旨味とコクを感じます。
脂身は脂っぽさがほとんどなく、カリカリした食感と肉のようにしっかりした味で、脇役ながら存在感があります。
イノシシ料理の野性味あふれる香りと濃い味、体の芯から活力がみなぎるような後味は、毎年春先になると思い出す、印象深い魅力にあふれています。
お飲物
銘柄/ブルネロ・ディ・モンタルチーノ カンポ・ディ・マルツォ
ワイナリー/イル・ヴィアンティーノ
生産地/イタリア中部トスカーナ州モンタルチーノ
ぶどう種/サンジョヴェーゼ・グロッソ100%
生産年/2010年
イノシシ料理の野性味には、トスカーナ土着の力強い赤ワイン「ブルネロ・ディ・モンタルチーノ」のスパイシーな果実味と渋みがよく合います。
ワイナリーは2001年の創業で、比較的新しい存在。伝統的な味に、しなやかで流れるような口あたりでモダンさを加えています。
いつもご利用いただき、誠にありがとうございます。
今宵も、ラ・ビスボッチャのディナーで、楽しいひとときをお過ごしください。