WALK AROUND LA BISBOCCIA Vol.9 “ The National Art Center,Tokyo ”
第9回 写真・コラム/ライター織田城司 Photo & Column by George Oda
モダンなアートの発信地
ビスボッチャの街をめぐる歴史散歩のコラム。今回は、港区にある「国立新美術館」で日本の美をめぐります。
(※国立新美術館は、4月末の時点で臨時休館中。再開予定はホームページでご確認ください。写真と記事は緊急事態宣言発令前に取材した内容で編集。)
国立新美術館の地図
1.美術館の概要

国立新美術館のプレート
「国立新美術館」は、日本最大の展示面積を有する美術館として、2007(平成19)年にオープンした。
年に数回開催される独自の企画展や、「日展」などの美術団体に発表の場を提供しながらアートを発信している。
コレクションを持たないことから英語表記はミュージアムではなく、アートセンターになっている。
2.建築の見どころ
森の中の美術館

国立新美術館 外観
美術館の建築デザインを手掛けたのは黒川紀章(1934–2007)。
大阪万博のパビリオン「タカラ・ビューティリオン」や、集合住宅「中銀カプセルタワービル」などのデザインで知られ、未来的なデザインを得意とし、国立新美術館でもその手腕が発揮された。
デザイン・コンセプトは「森の中の美術館」。都会にいながら、緑に囲まれてゆったりした時間を過ごせる場所を目指し、建物の周りに緑を豊かに配置している。
ガラスのカーテンウォール

国立新美術館 ガラスのカーテンウォール

国立新美術館 ガラスのカーテンウォール

国立新美術館 ガラスのカーテンウォール
建築デザインでひときわ印象深く、美術館の顔になっているのは、ガラスのカーテンウォールである。
建物に欠かせない建材、ガラスと鉄という異なる質感を対立させたまま、うまく「共生」させるために、海岸線や山の稜線のような、自然界に見られる柔らかい曲線を施している。周辺の樹木との調和も実現している。
コーン

国立新美術館 大きいコーンとその上のレストラン

国立新美術館 小さいコーンとその上のカフェ
ロビーの中にある大小2つの逆円錐形のコンクリートの塊は「コーン」という愛称で呼ばれている。
大きいコーンの上は3階にあたり、レストランがある。小さいコーンの上は2階にあたり、カフェがある。
上部が広く、下が細くなる構造により、広い飲食スペースと、1階ロビーの広い回遊性を両立している。見た目のインパクトだけでなく、機能美も兼ね備えている。
1階ロビー

国立新美術館 吹き抜けの空間
展示室は3フロアあり、大小さまざまなスペースが配置されている。その特徴はすべて天井が高いことだ。大きな作品もゆったりと展示できる。
1階ロビーは3フロアを貫く吹き抜け構造で、床から天井までの高さは21.6mある。東西の幅は150mほどある。
この開放的な空間が、非日常的な雰囲気を演出し、アートに触れる気分を盛り上げている。
土地の歴史
江戸時代は武家屋敷

国立新美術館 入口前の広場
国立新美術館の敷地は、江戸時代は宇和島藩伊達家の上屋敷だった。宇和島藩は、現在の愛媛県宇和島市近辺を領した藩である。
江戸時代は徳川家が江戸城(今の皇居)に住み、その周辺に徳川家の親戚や各地の武家屋敷を集め、守りを固めた。
それゆえ、今の千代田区と港区には武家屋敷が多く集まり、国立新美術館にも、その名残りを感じる。
ちなみに、国立新美術館から近い六本木ミッドタウンの敷地は、江戸時代は萩藩の中屋敷だった。現在の山口県のほぼ全域を領した藩で長州藩ともよばれた。
六本木ヒルズの敷地は長府藩の上屋敷だった。現在の山口県下関市近辺を領した藩で、ミッドタウンの萩藩主だった毛利家の分家で、親戚関係にあたる。
2.26事件の舞台

国立新美術館に展示されている「旧陸軍 第1師団 歩兵第3連隊舎」の模型
明治維新により藩が消滅すると、武家屋敷の多くは国有地となり、売却されたりした。
国立新美術館の敷地は、大日本帝国陸軍の所有となり、1889(明治22年)から第1師団歩兵第3連隊が駐屯した。
ちなみに、六本木ミッドタウンの敷地には、歩兵第1師団が駐屯した。
歩兵第3連隊の兵舎は、1928(昭和3)年に鉄筋コンクリート3階建てに改築され、関東大震災の復興の象徴として注目された。

国立新美術館に展示されている「旧陸軍 第1師団歩兵第3連隊舎」の模型。日本の「日」の字の形をデザイン
この新兵舎は1936(昭和11)年に再び注目されることになる。同年2月26日に勃発したクーデター、いわゆる「2.26事件」の舞台になったからだ。
日付が2月26日に変わったばかりの深夜、大雪が降りしきるなか、国家改革を目指して決起した青年将校約1400名は、歩兵第3連隊と歩兵第1連隊の兵舎から飛び出した。

国立新美術館に展示されている「旧陸軍 第1師団歩兵第3連隊舎」の模型
青年将校たちは、六本木から夜の都心を駆け抜け、首相官邸などを襲撃。大臣を次々と暗殺し、永田町一帯を占拠した。
大蔵大臣を務めていた高橋是清は、港区赤坂7丁目の自宅の二階で就寝していたところ、青年将校の凶弾に倒れた。

旧高橋是清邸 主屋 「江戸東京博物館」にて撮影
この時の是清の屋敷が「江戸東京たてもの園」に移築保存されている。
是清が丹羽篠山藩(現在の兵庫県篠山市付近を領した)の武家屋敷跡地を購入し、1902(明治35)年に建てた屋敷である。

旧高橋是清邸 二階 「江戸東京博物館」にて撮影
土地と建物は是清の死後、東京市に寄付され、土地は公園となった。
建物は是清が眠る「多磨霊園」に移築され、休憩所として利用された後に、「江戸東京たてもの園」に移築された。

旧高橋是清邸 二階廊下 「江戸東京博物館」にて撮影
クーデターを計画した青年将校たちは軍部によって鎮圧され、首謀者19名が処刑された。
青年将校が決起した背景のひとつに、貧富の格差があったといわれる。
当時は贅沢な暮らしをする官僚と、凶作で収入が減った農民との格差が拡大していた。

旧高橋是清邸 二階の部屋 「江戸東京博物館」にて撮影
高橋是清邸には、「硝子障子」が多く使われていた。
障子戸のなかに明かり取り用のガラスを入れ、中が丸見えにならないように半透明の模様を装飾した。

旧高橋是清邸 硝子障子 「江戸東京博物館」にて撮影
「硝子障子」は、いわば「曇りガラス」を障子の間に施したものである。
「曇りガラス」は、いまは機械で量産できるが、当時は砂を使い、手作業でガラスを研磨しながら模様を出した高価なもので、官僚の贅沢な暮らしを物語る。

旧高橋是清邸 硝子障子 「江戸東京博物館」にて撮影
企画展
『古典×現代 2020 時空を超える日本のアート』

企画展『古典×現代 2020 時空を超える日本のアート』 マスコミ内覧会案内板
国立新美術館では、2020年3月11日から6月1日まで、企画展『古典×現代2020 時空を超える日本のアート』を開催する予定だった。
ところが、2月29日から新型コロナウイルス 感染拡大防止のため臨時休館に入り、企画展も開幕延期になっている。
展示期間が短くなる状況を鑑みて、緊急事態宣言が発令される前の3月24日、マスコミ内覧会が開かれた。
通常、マスコミ内覧会は開幕前日だが、開幕日未定のまま開かれたことは異例である。

企画展『古典×未来 2020 時空を超える日本のアート』 会場風景
新旧アートをくらべて魅せる
企画展『古典×現代2020 時空を超える日本のアート』は、8人の現代作家の作品と、着想を得た古典美術をペアにして展示する新しい試みだ。
新旧アートの時空を超えた対話を通し、日本の美を見つめなおす機会としている。
マスコミ内覧会で取材した代表作を紹介しよう。
◆「円空×棚田康司」

棚田康司「つづら折りの少女」。後方は江戸時代に円空が手掛けた木彫
江戸時代の僧・円空は、全国を旅して12万体もの木製仏像を彫ったという。現代の木彫家・棚田康司は円空と同じく、一本の木から像を彫り出す。
両者の作品を通じ、木材資源が豊富な日本の風土、生命体としての木の魅力を感じる。

棚田康司「鏡の少女」

棚田康司の作品

棚田康司の作品
◆「花鳥画×川内倫子」

川内倫子の写真の展示
江戸時代の花鳥画と、現代の写真家、川内倫子の写真を比較する。
どちらも身近な植物や鳥を見つめ、写すことで、生命の尊さを表現している。
◆「刀剣×鴻池朋子」

刀剣の展示「太刀 無銘 伝波平」鎌倉時代・13世紀
優れた武器でありながら、日本人の精神や美学、技術を象徴した刀剣。
現代の美術家・鴻池朋子は、刀剣の根源「切る」に注目し、切り取られた動物の皮をつなげて巨大な緞帳をつくり、自然と、自然に背く人間を表す。

鴻池朋子「皮緞帳」

鴻池朋子「皮緞帳」

鴻池朋子「皮緞帳」
◆「仙崖×菅木志雄」

仙崖義梵「円相図」江戸時代・19世紀
江戸時代の禅僧・仙崖が悟りの境地として描いた円の図。
その円から刺激を受けた現代の美術家・菅木志雄は、オブジェで円を表現。

菅木志雄「支空」
◆「乾山×皆川明」

尾形乾山「銹絵百合形向付」江戸時代・18世紀
江戸時代の陶工・尾形乾山の陶器と、現代のファッションデザイナー・皆川明が手がけるブランド「ミナ ペルホネン」の婦人服の展示。
どちらも花柄など、自然に着想を得たシンプルで華やかなデザインに共通性があり、創作のあり方を探る。

尾形乾山「銹絵染付白彩菊花文反鉢」江戸時代・18世紀

デザイナー皆川明が手掛けるブランド「ミナ ペルホネン」の婦人服
◆「北斎×しりあがり寿」

左)葛飾北斎「富嶽三十六景 凱風快晴」右)しりあがり寿「ちょっと可笑しな三十六景 髭剃り富士」
江戸時代に葛飾北斎が手掛けた浮世絵と、北斎を敬愛する現代の漫画家・しりあがり寿が手がけるパロディー版を並べる。
日本の美しい自然と、のんびりとしたユーモアのなかに、平和を感じる展示。

左)葛飾北斎「富嶽三十六景 甲州犬目峠」右)しりあがり寿「ちょっと可笑しな三十六景 むずかしいグリーン」
◆「蕭白×横尾忠則」

「蕭白×横尾忠則」の展示コーナー
江戸時代の日本画家・蕭白(しょうはく)と、1970年代から蕭白に魅了され、何度もオマージュを捧げてきた現代の画家・横尾忠則の油彩画を展示。
奇想の画家として個性を放つ二人に共通するのは、横尾忠則によれば「悪魔的な絵画の魅力」だという。知性や知識よりも、霊感が表れた美の境地だ。

横尾忠則 「最初の晩餐」

横尾忠則「寒山拾得2020」

横尾忠則「戦場の昼食」
日本の豊かな自然

企画展のミュージアムショップ
古典と現代のアートを通じて魅せられる日本の美。
その美について、出展者のひとり、菅木志雄は「アートは説明するものではない。何を認識するかは、人それぞれの問題だ」と語っている。
私が会場の作品を通して感じた日本の美は、日本の豊かな自然への賛美である。
自然に揺り動かされた作家の魂、人に伝えようとする衝動、表現するセンス、優れた手仕事である。

国立新美術館 1階ロビー
◆いいモノをつくる
マスコミ内覧会のスピーチで出展者のひとり、しりあがり寿は開幕延期に触れ「何ですか?このコロナ?まいりますね。すごく傑作ができて、少しでも早く観てもらいたかったのに、なかなか観てもらえない。こんなことなら、あと2〜3枚つくったのに」と笑わせた。
すると、急にシリアスな顔になり「疫病は、昔は山ほどあった。昔の作家さん、今回いろんな作品が出ていますが、いつ自分が疫病にかかって死ぬかわからない状況のなかで、素晴らしい作品を残した。
疫病が流行しようが、とにかくいいモノをつくる。そんな作品が時空を越えて残る。改めて、いいモノをつくる気持ちの大切さを感じた展覧会。」と力強く語った。
安倍首相は5月4日、緊急事態宣言の期限を5月6日から5月31日まで延長すると発表。
臨時休業を延長している国立新美術館の再開予定は、ホームページ等で告知するとした。
やがて、5月25日に緊急事態宣言が解除された翌日、国立新美術館は企画展『古典×現代2020 時空を超える日本のアート』の会期を2020年6月24日(水)〜8月24日(月)まで延期して開催することを発表。
一時は中止の危機にあった企画展は、ようやく日の目を見ることになった。

国立新美術館の外観
散歩の後のお食事は、
「ラ・ビスボッチャ」でお楽しみください。
