WALK AROUND LA BISBOCCIA Vol.15 “ Odaiba Seaside Park ”
第15回 写真・コラム/ライター織田城司 Photo & Column by George Oda
最後の侍の砦
ビスボッチャの街をめぐる歴史散策のコラム。今回は港区の「お台場海浜公園」で、幕末から未来へつながる景色を歩きます。
お台場海浜公園の地図
1.お台場の由来
1990年代がはじまると、市況はバブル経済とよばれる好景気に沸き、東京湾の埋立地に、突然、未来都市のような街が現れた。
その街は、お台場とよばれ、レインボーブリッジやフジテレビなど、巨大なランドマークがならび、次々とオープンする娯楽施設やショッピングモールに、いち早く行くことがトップ・トレンドだった。
そのころ、お台場の名は人気スポットの地名だと思っていたが、歴史に興味を持つと、幕末に建てられた大砲の台場が語源で、日本史に由緒があることを知った。
台場の建設は、海を埋め立て、人工の島をつくり、その上に大砲をならべる大規模な工事だ。それを江戸時代にわずか1年で建てたという。
工事は昼夜兼行で進められ、動員された土木作業員は約5000人。総工費はいまの貨幣価値に換算すると約700億円。台場の建設は、江戸幕府の緊急プロジェクトだった。
江戸幕府を動かしたのは、1853年に神奈川県の浦賀沖に来航したアメリカのペリー艦隊だった。世に言う黒船来航である。
最新技術の蒸気で動く、巨大な黒塗りの軍艦を目の当たりにした幕末の日本人は、日本の帆船との圧倒的なパワーの差に、衝撃を受けた。
このとき、ペリーは神奈川県の久里浜に上陸。幕府の役人に開国を求める親書を渡し、翌年回答を受け取りに来ると予告して帰国した。
ペリーの目的は侵略ではなく、貿易の振興だった。しかし、幕府では、さまざまな憶測が飛び交った。
鎖国を貫いて戦うのか、開国するのか、日本中で激論が沸き起こり、庶民も動向に注目した。
その一方で、軍事力と防備がほとんどなかったことは、誰の目にも明らかだった。
取り急ぎ、ペリーが帰国した2ヶ月後から、江戸湾の防備を強化する目的で、品川沖の海上に台場を11基建設する計画が着工した。
ペリー艦隊は翌年の1854年、約束通り再来した。横浜に上陸して「日米和親条約」を締結。条約には下田と函館を開港地とすることが盛り込まれた。
開国したことで、台場の建設は中止となり、最終的に6基が完成した。
そのうちの1基は、昭和のはじめに「台場公園」として解放された。
「台場公園」は「お台場臨海公園」に隣接する公園としていまも残り、散策できる。そこで、幕末の面影を訪ねた。
2.台場公園
台場は1854年に完成すると、1868年に江戸幕府が崩壊する直前までの約14年間、江戸湾防備の拠点として警備が行われた。
警備は諸大名の武士が交代で、台場に建てられた陣屋に寝泊まりしながら担当した。
明治の新政府ができると、台場は警備の役目を終え、海軍省の管轄地となり、後に陸軍省に移籍した。
1915(大正4)年に、第三台場と第六台場は東京市(現東京都)に払い下げられ、1926(大正15)年に国の史跡に指定された。
ほかの4基は埋め立てなどで姿を消した。
第三台場は1928(昭和3)年、「台場公園」として開園した。
台場公園が開園した当時は、現在のような地続きではなく、観光客は船で往来した。
当時の観光客は何を目的に台場まで来たのであろうか。まずは、史跡としての魅力であろう。
開園当時からコンクリートで復元された砲台など、幕末の防備をイメージさせる展示物が設置された。
台場は1辺が約160mの正方形。敵の着弾を防ぐことを想定して、外側が高く、中央が低く設計された。
実際に台場公園に立つと、書物で読むより大きく感じ、海の要塞の迫力がある。
黒船来航は、日本の近代化を一気に進める契機となった。台場公園はその激動の時代を、大きなスケールでリアルに伝える、貴重な史跡だと思った。
台場公園で草を踏みしめ、最後の侍の歩みを追体験すると、幕末や国際社会の思いも新たになり、感慨深い。
台場公園のもうひとつの魅力は、景勝地だ。東京湾を広い視界で見渡すことができる。都心は空が狭く感じるけれど、台場は開放感がある。
自然の魅力もある。海の上の風が、身体の横から吹き抜けて心地よい。樹齢を重ねた大木が茂る一角もあり、四季の表情も楽しめる。
いま「お台場」は、臨海副都心全体を示す地名として使われている。台場公園には、その象徴になる歴史と存在感があることを実感した。
3.お台場海浜公園
お台場海浜公園は、台場公園を核に1970年代から公園として整備がはじまり、1996(平成8)年にリニューアルオープンした。
人口の砂浜と磯浜、それを囲む遊歩道が中心で、海上バス乗り場などもある。2000年に建てられた自由の女神像がシンボルになっている。
お台場海浜公園は、心地よい風のなかで、幕末の史跡に、近未来的な景観や、自由の女神、屋形船などが時空を超えて重なり、渾然一体となるおもしろさが魅力であろう。
近隣に娯楽施設がたくさんあり、回遊の楽しみも広がる。夜景の幻想的な雰囲気も見どころだ。
お台場海浜公園は、開園から30年近い歳月が経ち、もはや、そこに行くことはトップトレンドではなくなった。お台場の商業施設も業態転換が相次いでいる。
公園をよく見ると、子どもを砂浜で遊ばせるファミリーや、ランニングをするグループ、犬の散歩をする人、社会科見学をする子どもたちがいる。
公園として、地に足がついた楽しみ方で親しまれている。
散歩の後のお食事は、「ラ・ビスボッチャ」でお楽しみください。