映画で装うレストラン「メニューの楽しみ」

COLUMN   CINEMA DINNER FASHON #1

コラム『映画で装うレストラン』第1回

「メニューの楽しみ」

映画に登場する食事のシーンと着こなしを解説する連載コラムがはじまります。イラストは綿谷寛さんの描き下ろしです。第1回は、メニューを選ぶ魅力と、監督のまなざしに思いをめぐらせます。

イラスト/イラストレイター 綿谷寛
写真・コラム/ライター 織田城司
監修/料理長 井上裕基
Illustration by Hiroshi Watatani
Photo・Column by George Oda 
Produce by Yuuki Inoue 

 

『フェリーニのアマルコルド』

(1973年・イタリア+フランス)
監督:フェデリコ・フェリーニ
出演:マガリ・ノエルほか

「きょうは、みんなで、パッサテッリを食べに行こう!」

お父さんのかけ声で、家族はドレスアップして出かける。

パッサテッリとは、スープパスタのような料理で、フェリーニ監督の故郷、イタリア中部マルケ州の郷土料理だ。

食事の誘い方のなかでもメニューの提案はわかりやすく、相手の心をつかみやすい。旬のメニューなら粋に感じるであろう。

この家族は、ふだん家庭の食卓では、口論ばかりしている。でも、外食するときは、みんな笑顔だ。

お父さんは、グレー系の仕事着スタイルから、茶系のスーツスタイルに着替え、色味を加える。

おじいさんは、ふだん着の首まわりに、ワインカラーのスカーフを巻いてドレスアップする。

いつも怒鳴りちらしているお母さんは、家事から開放され、にこやかな笑顔。その気持ちが、小花プリントのワンピースの華やかさに表れている。

この映画は、フェリーニ監督が、少年時代の思い出を集め、あたたかい目線で描いた作品である。

フェリーニ少年にとって、家族の外食は、まるで家族旅行のように、印象深い思い出だったのであろう。

パッサテッリが映るシーンはないが、パッサテッリというメニューのセリフひとつで、国や地域、食事のワクワク感、ドレスアップにつなげる演出が素晴らしい。

 

『ベニスに死す』

(1971年・イタリア+フランス+アメリカ)
監督:ルキノ・ビスコンティ
出演:ダーク・ボガードほか

ドイツの作曲家(ダーク・ボガード)は、静養のために、ヴィネツィアのホテルに長期滞在する。

作曲家はホテルの大ホールの席で、スタッフからディナーのメニューリストを見せられると、「スープと魚だけでよい」と答える。食欲がなく、身体が本調子でないことを、メニューの選び方で表す。

このホテルは、ヴェネツィアのリド島にあった高級ホテル「ホテル・デ・バン」。原作の小説を書いた作家トーマス・マンが宿泊し、物語の舞台に使った。

ヴィスコンティ監督も「ホテル・デ・バン」でロケを行い、原作に描かれた1911年頃の上流階級の優雅な暮らしを、衣装や小物の細部に至るまで再現して見せた。

ホテルの大ホールのドレスコードはホワイトタイ。もっとも格式が高い正装である。作曲家も、テールコートや白い蝶ネクタイ、白いポケットチーフ、白い手袋、懐中時計、カフリンクスを身につける。

ヴィスコンティ監督は、作曲家がホテルの部屋で正装の身支度をする手順を延々と映す。他の監督なら省略する場面だが、貴族階級出身のヴィスコンティ監督は丁寧に描く。

この映画が公開された1971年頃のファッションは、アメリカのヒッピー文化に代表されるような、ラフなスタイルが主流だった。しかし、ビスコンティ監督は、失われつつあるエレガントなスタイルを追想し、感動を呼んだ。

ストーリーの展開や芸術的な意味を頭で考ることなく、ただ呆然と、優雅な暮らしの映像を見ているだけでも、堪能できる作品だ。

ラ・ビスボッチャ店内

『北北西に進路を取れ』

(1959年・アメリカ)
監督:アルフレッド・ヒッチコック
出演:ケーリー・グラントほか

ニューヨークの広告会社の社長(ケーリー・グラント)は、人ちがいから殺人犯と間違われ、逃亡する。ヒッチコック監督得意の、巻き込まれ型サスペンスだ。

社長は、ニューヨークからシカゴに向かう寝台特急に飛び乗ったけれど、切符も個室もなく、肩身が狭い。そこで、食堂車で相席になった女性と親しくなり、彼女の個室に隠れることを思いついた。

その会話のきっかけがメニューである。社長は女性にメニューリストを見せながら「あの、すいません、ここは何が美味しくて、おすすめですか?」と話しかける。

女性は「魚料理。今日はカワマスよ」と答え、徐々に会話がすすむ。

当時、まだ旅客機は少なく、高額な寝台特急の移動は、上流階級のステイタスだった。乗客のほとんどはドレスアップ姿で、社長が食堂車で知り合った女性もネイビーのスーツスタイルだ。

社長はライトグレーのスーツスタイル。白シャツの袖口には、銀色の丸くて上品なカフリンクス。 

エレガントでありながら、靴はあえて茶系を合わせ、軽めに仕上げる。スマートな印象で、今でも参考になる技だ。好印象が役に立ったのか、女性は社長に個室の番号を教える。

 

『フレンチ・コネクション』

(1971年・アメリカ)
監督:ウイリアム・フリードキン
出演:ジーン・ハックマンほか

クリスマスの装飾が華やかな、冬のニューヨーク。刑事(ジーン・ハックマン)は、フランスの麻薬密売組織のボスと手下の殺し屋が街を歩く姿を尾行する。

すると、ボスと殺し屋は高級レストランに入る。刑事は路上で、店の窓越しに見えるボスと殺し屋の食事を見張る。

レストランの席で、コートを脱いだボスと殺し屋はスーツスタイル。スーツの上質な素材が、レストランの皮張りシートの高級感と合う。その一方で、寒い路上で足踏みする刑事の靴は、くたびれている。

ボスが食べる料理のメニューは、スープやエスカルゴ、ステーキなど、フルコースだ。デザートと食後酒は、テーブルの脇までワゴンで運ばれてくる実物から選ぶ。

刑事はその様子を路上で見ながら、相棒が買ってきたピザと紙コップのコーヒーで飢えをしのぐ。

刑事とボスのメニューの対比は、刑事の執念を表し、ボスを追い詰める展開を盛り上げる。

ラ・ビスボッチャ店内

『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』

(1972年・フランス)
監督:ルイス・ブニュエル
出演:フェルナンド・レイほか

冬のフランス郊外。熟年夫婦3組の友人グループは、スーツやドレス姿でレストランのディナーに出かける。

客席でメニューリストを見たメンバーは、口々にメニューを読み、品定めする。

「前菜は、シャブリ産エスカルゴ、野うさぎのテリーヌ、メロンのポルトーがけ」

「魚料理は、イワシのグリル、舌平目、コマイのフライ、エイのバター焼き、カマスのツミレ、マスのブルーチーズ風味」

すると突然、客席の奥から女性の泣き声が聞こえる。不審に思ったメンバーは立ち上がり、音の方角へ行くと、間仕切りの裏で、スーツ姿の男が横たわっている。

スタッフに事情をきくと「店の主人が今日の午後、急死しました。いい人でした。いま葬儀屋を待っているところです。営業を続けますから、どうかお食事をしていってください」と答える。

メンバーは「こんな所で食事はイヤ」といって家に帰る。

この映画は、食事をしようとする人々が、食事にありつけないエピソードをいくつも描く。ルイス・ブニュエル監督は、行き過ぎたシュールではなく、現実味のあるシュールをコンセプトにしたそうだ。

どのエピソードもありそうでない、なさそうである、ギリギリの線で描くことで、現実と非現実、欲望と絶望を問いかける。ユーモアと皮肉のスパイスに、メニューが効いている。

 

『東京暮色』

(1957年・日本)
監督:小津安二郎
出演:笠智衆ほか

和食のメニューもひとつ。

冬の東京、夜の商店街。なじみの小料理屋に向かう銀行員(笠智衆)の服装は、ウールのロングコート、ソフト帽、マフラー、手袋など、クラシックなスーツスタイルだ。 

小津映画の登場人物のスーツスタイルは、小津監督が戦前から好んで着た、正統派の英国調がベースになっている。

銀行員はカウンターに座ると、帽子と手袋を脱ぎながら、女将に料理の注文をする。女将は銀行員に、故郷から届いたばかりの「的矢(まとや)の牡蠣」をすすめる。

銀行員「あゝ、いいね」

女将「どのようにして、お召し上がりになりますか?」

銀行員「あとで、雑炊にしてもらおう」

小津安二郎監督の食事のシーンの演出は、料理をほとんど映さない。セリフのメニューにさまざまな思いを込め、料理を奥ゆかしく感じさせる。

新鮮な食材を、好みの調理法で注文する。季節感があふれ、いかにも美味しそうだ。小津監督の好みであろう。粋で、贅沢で、憧れる境地だ。 

「的矢の牡蠣」は、三重県志摩市の的矢湾で生産される特産物だ。あえて産地を入れることで、美味しそうなイメージを増す。

小津監督はこの映画を撮影する3年前の1954年、関西旅行へ出かけ、伊勢から志摩、大阪、京都をめぐった。

旅の日記に「賢島ホテルの酒場にて的矢の牡蠣と酒。甚だ美味也。」と記している。小津監督は実際に食べ、自信を持ってすすめるメニューをセリフに使ったことがわかる。 

小津監督は、父の出身が三重県松阪市だった関係で、9歳から10年間、東京から松阪に移住して暮らした経験がある。第二の故郷への思いもメニューに込めた。

ラ・ビスボッチャ店内

『男と女』

(1966年・フランス)
監督:クロード・ルルーシュ
出演:ジャン・ルイ・トランティニャンほか

冬のパリ郊外、男と女は出会い、デートを重ね、ホテルで食事をする。

ホテルは、ノルマンディ地方ドービルの高級リゾートホテル「ホテル・ヴァリエ」。食事をする大ホールの天井は高く、大きなシャンデリアに高級感がある。 

コートを脱いでテーブルについた男の服装は、グレーのカーディガンの下に黒いポロシャツ。女は黒いタートルネックのセーター。

男の職業はカーレーサー、女は映画の撮影スタッフ。当時憧れの職業で、若いセレブらしく、カジュアルアイテムをシックに装うのがうまい。

男と女はメニューリストを読んでも料理の内容がわからず、スタッフに問いかける。

男「リヨン風ソーセージ。これはあたたかいの?」

女「元帥夫人風のサケのエスカロップ。これはどんな料理?」

メニューの表記に慣れない様子を描くことで、二人が高級ホテルのレストランに背伸びしてきた初々しさを表す。

料理の注文が終わると、スタッフは厨房に向かう。

女「何か追加注文しないと悪いみたいね」

男はスタッフをよびもどす。 

スタッフ「何か追加注文でございますか?」

男「ホテルの部屋を予約してくれ」

 

名監督は、さまざまな人間ドラマを演出するため、食事や着こなしに精通していた。

メニューの表現は、監督の個性によって、甘い、辛い、渋いなど、料理のようにバリエーションがあり、味くらべがおもしろい。

お気に入りのシーンの気分でドレスアップすると、食事はより楽しくなる。